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ピンクレディーと木の子

 娘が幼い頃、パズル遊びに没頭するのを見ていたので、幼稚園で課外講座のパズル教室に申し込んだ。果たして当人は毎週喜んで通った。先生からも気に入られ、随分よくしてもらったようである。
 幼稚園の間だけで終わりかと思っていたが、講座は小学校卒業まで受講できると云うので、卒園後も続けて通わせた。
 場所はずっと幼稚園の教室を使っていたから、担任だった先生と顔を合わせることも度々あったらしい。
 今年の3月に小学校を卒業して、この講座も卒業した。最後に元担任の先生と写真を撮ったら、娘の方が背が高くなっていた。

 自分が幼稚園の年長組だった時、担任の先生が急に園内放送で呼ばれた。
「内藤先生、内藤先生、体操室までお越しください」
「え、何じゃろ。みなさん、ちょっと待っててください」

 先生は10分ぐらいで戻って来ると、笑いながら「ピンクレディーのUFOを踊ってきました」と言った。年中組が集まっている前で、他の先生と一緒に踊ったのだそうだ。
「そのために呼び出されました」
 クラスのみんなも笑ったが、わざわざ呼び出されたということは、園内でトップクラスの踊りだったに違いない。

 年長組に上がって間もない頃、隣のクラスの子が園庭の登り棒で太腿を挟まれた。何かの都合で、登れないように2本の登り棒を交差させていたのを、面白がって隣の遊具から飛び移り、スルスル滑り降りて挟まったものらしい。
 足を使えず、子供の腕力だけで登ることもできないから、地球に引かれていよいよ足が深く挟まる。すぐにその子は「痛いよぉ」と泣き出して、園庭にいた先生と子供らが駆け寄った。
 内藤先生は少し遅れて駆け付けるなり、「しっかり(棒を)掴んどきんさいよ!」と言い、交差した棒を「えい!」と力ずくで外した。他の先生は「さすが内藤先生!」と大いに安堵した様子であった。
 その様子を見て、今度の担任は随分パワフルな先生だと感心した。

 あれから50年経っても、内藤先生の顔をありありと思い出せる。きっと記憶の中で勝手に描き換えてしまったところもあるのだろうと思っていたが、先日帰省した際に卒園アルバムを見たら、寸分違わず記憶の通りで驚いた。

 アルバムは母が引っ張り出して来たのである。懐かしいのだか恥ずかしいのだか、どちらとも落ち着かない心持ちでパラパラ見ていたら、横から娘が「これお父さん? 木の子みたい」と、父の髪型を指してケラケラ笑った。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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