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生きづらさを読みほぐす

皆さま、こんにちは。
青山ブックセンター本店で文庫コーナーを担当している神園です。
いかがお過ごしでしょうか。

ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい

今年一発目のオススメ文庫、大前粟生さんの『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(河出書房新社)が入荷しました。

(あらすじ)
恋愛を楽しめないの、僕だけ?"男らしさ”"女らしさ”のノリが苦手な大学生の七森はぬいぐるみとしゃべるサークルに所属している。ぬいぐるみと話すことで痛みや優しさの意味を問い直す、鈍感になれない若者たちの物語。

『おもろい以外いらんねん』や『きみだからさびしい』、『死んでいる私と、私みたいな人たちの声』など、今注目の小説家・大前粟生さんの初めての文庫です。
とても"やさしい"小説だと思います。登場人物の白城の言葉を借りれば、"やさしすぎる"と言ってもいいと思います。
もはや、この小説自体が"ぬいぐるみと喋る"という行為と似ているのではないかと、読後に考えました。もしそうだとしたら、この小説を読むことは"ぬいぐるみに喋りかけられた言葉"の(主人公七森がしたような)盗み聞きに近いのかもしれません。
自分も世の中の当たり前のノリについて行けないタイプの人間なので、共感するところが多かったです。最後の一文がとてつもなく良かった印象。

学生時代の多感な時期にこの本を読んでいたら、かなり救われたはず。
なので、悩める若い方がお店でこの本に出会って、少しでも心が楽になってくれたら良いなと思っています。(勿論、大人にも強くオススメします。大人こそ読むべき物語だと思います。)

ということで、大前さん『ぬいしゃべ(可愛い略称🧸)』の文庫化を記念して「生きづらさを読みほぐす」と題したフェアの展開をしています。

生きづらさを読みほぐす 選書フェア

現代社会を生きる私たちが感じる"生きづらさ"を描いた小説や、"男らしさ"や"女らしさ"といったジェンダーを問う作品などを選書しました。
文庫限定という制約ある中、個人的に強く自信のある選書です。多くの人に届いて欲しいと思うと同時に、誰かの生きづらさがこれらの書籍を読むことで幾許かほぐれてくれれば、これほど嬉しいことはありません。
何はともあれ、一番のおすすめである『ぬいしゃべ』をぜひ!


(これより下では脱線を挟みながら、選書した本をいくつか紹介していきます!👇)


ところで…、こちらの選書を並べるときに、この帯が付いている本があったのでフェアの文脈を考慮して帯を取り外しました。(こちらから頼んでいなくても出版社の都合で勝手に付いてきます。)


紅白って区分け、もう今の時代、正直しんどくないですか?笑 純粋な疑問として、男性に売れた女性に売れたで分けて、何か意味があるのでしょうか?(気分を害された方がいたら申し訳ないです。)
そもそも、紅白という、たった2色の区分けがあまりにも雑すぎるのです。
本家の紅白歌合戦も、性別で分けるのではなく、ランダムで或いは歌手の年齢や歴・実績など考えてバランス良く紅白に分けて戦う方が、チームの団結力や偶然性が増して面白いと思うのは僕だけでしょうか…🤔(ほとんど観たことないので詳しいことが分かりませんが。)

と、うだうだ考え、"生きづらさ"を感じてしまう自分にうってつけの本がありました。こちらのフェアで選書した、舌津智之さん『どうにもとまらない歌謡曲』(筑摩書房)。

(あらすじ)
激動の1970年代、男らしさ・女らしさの在り方は大きく変わり始めていた。阿久悠、山本リンダ、ピンク・レディー、西城秀樹、松本隆、太田裕美、桑田佳祐…メディアの発信力が加速度的に巨大化するなか、老若男女が自然と口ずさむことのできた歌謡曲の数々。その時代の「思想」というべき楽曲たちが日本社会に映したものとは?衝撃の音楽&ジェンダー論。

これを読めば、紅白歌合戦という日本独自の伝統番組を支えてきたジェンダー観などを面白く学べそうです。
なかなかこういったテーマの本は探すと案外無かったりして、ちくま文庫らしくて良いですよね。(装幀も素敵です。)

反響を呼んだ『まとまらない言葉を生きる』(柏書房)や『凜として灯る』(現代書館)の著者である荒井裕樹さんによる初文庫。

こちらは、今月のちくま文庫の新刊、荒井裕樹さん『生きていく絵』(筑摩書房)。フェアの本を並べている途中に思い付いて選書に入れてみましたが、非常に面白そうです。

(あらすじ)
精神科病院・平川病院にひらかれた造形教室。ここでは心を病んだ人たちが、アートを通じて、自らを癒し、自らを支える活動をしている。生のあり方を考え、生きにくさの根源を照らし出す、「癒し」の可能性を探る希望の書。

夏葉社の島田潤一郎さんから偶々お譲り頂いた(←自慢です笑)、NHKテキストの『100分de名著 中井久夫スペシャル 2022年12月』を年末年始に読んで、中井先生の絵画療法(風景構成法)について気になっていたところ、ちょうど良いタイミングでこの本に出会えました。
『生きていく絵』の絵画は、絵画療法つまり診断に活用するといった活動ではなく、「治す」ことが目的ではないとのこと。中井先生の風景構成法もキュア(治すこと)ではなくケア(寄り添うこと)に重きを置いていたようなので、これまた共通点がありそうで興味をそそられます。


エッセイが続いたので、最後に選書した小説を2冊紹介したいと思います。

ここ数年の芥川賞受賞作で個人的に一番好きな小説、沼田真佑さん『影裏』(文藝春秋)。

(あらすじ)
北緯39度。会社の出向で移り住んだ岩手の地で、ただひとり心を許したのが、同僚の日浅だった。ともに釣りをした日々に募る追憶と寂しさ。いつしか疎遠になった男のもう一つの顔に、「あの日」以後、触れることになるのだが……。樹々と川の彩りの中に、崩壊の予兆と人知れぬ思いを繊細に描き出す。

続いて、『影裏』に並ぶぐらいに大好きな、遠野遥さん『破局』(河出書房新社)。

(あらすじ)
後輩のラグビー指導に熱を入れ、就職活動を間近に控えた大学4年生の私は、友人のお笑いライブで、新入生の灯(あかり)と出会う。やがて私は、幼馴染で成績優秀な恋人の麻衣子(まいこ)よりも、無邪気な新入生の灯に惹かれてゆくのだが……。
社会への最適化を求める現代で、肉体も人生も鍛え上げた男の「破局」を冷徹な文体で描いた、第163回芥川賞受賞作。

両作とも、現代の資本主義社会とジェンダーの問題などを背景に「生きづらさ」が描かれた作品です(勿論、描かれるのは生きづらさだけではないです)。
簡単に言えば『影裏』はとにかく儚く美しく、『破局』は切れ味抜群の大傑作といった印象。どちらも文章に全く無駄が無い別格の作品です。


二字熟語が題名の小説って、かっこいいですよね。昔から何故だか惹かれます。

二字熟語つながりで、最近、李良枝(イ・ヤンジ)さんの『由熙』(1989年の芥川賞受賞作)を読んでみたいなと思っています。

来月展開予定の、ある小説の文庫化記念フェアに『由熙』を選書していて、色々調べて気になって。こちらも良いフェアになりそうなので、お楽しみに!

それでは、またnote書いていきます。
いつもありがとうございます!

神園 (青山ブックセンター本店)

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