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【お立ち寄り時間3分】あばよ。

今日、彼女は、結婚する。

どうしようもなく好きな彼女が、どこの馬の骨かも分からない「あいつ」と結婚する。せめて、今、隣に座っている親友の三浦だったら諦めがついたかもしれない。

だって、三浦のことあんなに好きだったじゃないか。あんなに仲を取り持ったじゃないか。

なんで、そのよく分からない「あれ」なんだよ。

しゃらくせえ。

心の中で毒づきながら、俺は手に持った炭酸水を飲む。今朝、いそいそと流し込んだカフェオレが、ぐるぐると気持ちを代弁するかのように声を出す。

「何を、今さら」

そんな分かりきっている、不格好なざまを無理矢理押し込めて、また邪念を巡らせる。

いや、違うな。
三浦でもきっと同じことを思っただろう。

なんで隣にいるのは、「俺」じゃないんだって。
こんなにもずっと一緒にいた「俺」じゃないんだって。

今さら、正当化したって、何も変わらないのに。

ああ、恰好が悪い。
言い訳ばかりだ。

しゃらくせえ。

全く、いつからだろう、彼女が近すぎて見えなくなってきたのは。大事すぎて身動きが取れなくなってしまったのは。

そういえば、彼女が『好き』なんだと、気が付いてしまったのは、高校生の時。

長すぎる片恋。
10年と、半年ちょっと。

「日下部、お前さっきから飲みすぎじゃない」
「…うるせー」

「これから美味しいもの来るってのに」
「…うるせー」

「それにしても、杏子ちゃん、とびきり綺麗だな」
「…いつもだよ!!!!!!!」

三浦が俺に答えを促すように話しかける。
愛おしそうに、目を細めて、ワインを一口飲み、円卓のローストビーフに手を伸ばす。

「僕に素直になってどうするの」
「…うるせー」

そう言って、また炭酸水を喉に流し込んだ。

あー、痛い。
ってか、辛い。

風邪なんか引いていないのに。
炭酸が喉を通り越して、心臓の中で暴れている。


分かってるよ。
お前に、言われなくたって、分かってんだよ。
自分が、一番、よく、分かってんだよ。

言いたかった。
けど、言えなかった。


あの書きかけの手紙の先にあった、言葉や感情や色や表情も一緒に。


杏子とは、いつでも一緒だった。
いつでも言えたはずなのに、心の奥底にねじ込んだ。
それが、その時の俺に出来る最善のことだと思ったから。

ずっと、側に、居たかった。
それだけ、だったんだ。

煮詰まりすぎた玉ねぎみたいな、行き場のない気持ちを、どこで調理して、消化したらいいのか、もう見当がつかない。

誰か、お焚き上げしてくれよ。
頼むよ、本当。

「キャンドルリレーだって」

ふと、三浦の声で我に返ると、会場が喜々と声を上げながら、ぐるりと輪を作り始めた。新郎新婦、そして、ここにいるゲストで、キャンドルの明りを繋いでいくセレモニーらしい。

キャンドルの数だけ天使が舞い降りて、幸せになれる、という。司会の声が、踊るように、頭上を通過していく。

「陽ちゃん」

隣を見ると、純白のドレスの杏子が立っていた。

本当に、とびきり、世界一、綺麗だ。
薄化粧が、杏子の輪郭に隙間なく似合っている。


けれど


寝起きの顔も
怒った顔も
泣いた顔も
そして、大爆笑した顔も

全部、全部。

俺にとっては、どんな君も、とびきり綺麗で、宇宙一、愛おしいよ。

言いかけそうになった言葉を飲み込んで、杏子から渡されたキャンドルを受け取る。

「これ、陽ちゃんのね」
「杏子、俺の隣でいいの?」
「うん、優紀さんだって、好きな人の隣だし」

そう言って、「優紀さん」に手を振っていた。
そのまま、俺もつられて「優紀さん」(ドルガバ野郎)を見ると、不覚にも目が合ってしまった。ドルガバ野郎は、小さく会釈をすると、隣との会話に戻っていった。

「・・・癪に触るな」
「え、なに?日下部、なんか言った?」
「…うるせー」

司会の開始の声と同時に、照明が段々と暗くなり、新郎から灯りが次々と繋がれていく。

ああ、確かに。
人々の手元で小さく、それでも凛と灯るキャンドルは、とても愛おしい。本当の幸せは、こんな風に色んな人の手で紡がれていくものなのだと改めて実感する。

誰かを「愛おしい」と思う気持ちは、例え、その人に伝わらなくても、このキャンドルみたいに、誰かの幸せに繋がっているかもしれない。

杏子を好きになった気持ちは、蛇足なんかじゃない。

「はい、最後は、日下部」

手元に灯されたオレンジ色のキャンドルが、いつの間にか、驚くほど輪郭を失っていた。杏子に悟られないように、ぐっと力をいれ、上を向く。

さて、ここでもう終わりにするんだ。

長すぎる片恋。
10年と、半年ちょっと。

なかなか強張って上がらない頬に苛立ちながらも、杏子に、最後のキャンドルを繋ぐ。

「幸せにな、杏子」

こんな場面でも、結局、安っぽい映画のワンシーンみたいな言葉しか出てこない自分が不甲斐ない。それでも、これが、『幼馴染』という理不尽な枠の範囲内で言える、最上級の言葉だった。

「ありがとうね、陽ちゃん」

俺にしか聞こえない彼女の声は、確かに、確実に、震えていた。肝心の彼女の表情は、しょっぱい雫が、大いに邪魔して全く見えなかった。

でも、それが良かったんだと、手元のオレンジ色の灯りに強く言い聞かせる。

長すぎる片恋。
10年と、半年ちょっと。


あばよ。


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