雨の日には冷えたスプーンを一北朝鮮にさらわれると思っていた日々一
※お立ち寄り時間…5分
早起きをしすぎた日だった。
カーテンを開けると、まだ夜と朝の間で、朱色の光が東の空からじんわりと広がりつつあった。
その頃は、出産して間も無い時期だった。
まだまだ産褥期で、陣痛が3日間、20時間かけて産み落とした。
つわりは、8ヶ月あり、大好きだった食事もできない。7ヶ月頃から切迫早産になり、ベットの上で過ごす日々となった。
何もかも教科書に載っていないことばかりで、不安と恐怖で体が震えていた。
自分だけならまだしも、お腹の中のあなたに何かがあったらどうしようとぐるぐる渦のようになっていた。
そんな時だ
涙が止まらなくなったのは
何を見ても涙が出る
大好きだった本
良くある動画
美味しそうなご飯
溜まった洗濯物
ホッとする家族の顔
大切な友人の電話越しの声
もう限界だったのだろう。
産み落とした頃には、消えてしまいたいとさえ思うようになっていた。
胸の中でスヤスヤと眠るあなたを愛せるのか
自信がなかった。
その日、じんわりと広がる朱色の空の輪郭を見ながら、ふと恐怖に身を包まれた。
「今日、北朝鮮にさらわれたらどうしよう」
そんなわけない。
わたしの住んでいる地域は、比較的のんびりしており、時々、熊が山から降りてくるくらいだ。
そう、山はあるけど海はないのだ。
けれども、心がもう悲鳴を上げていて、正常な判断ができなかった。
心配した家族が、その日からずっと側にいてくれるようになった。何もかもが怖くて、病院にも行けず、お風呂にも怖くて入れなかった。
ずっとこのままなんじゃないかとさえ思った。
そんな時だ。
出産祝いの連絡が届き始めたのは。
気を遣って、お祝いの中に手紙が入っていたり、手のひらに並ぶ文字は、優しい言葉で溢れていた。
信頼している古くからの友人から届いた気持ちは、ありがとうの言葉を超えるくらい、どうしようもなく嬉しかった。
「赤ちゃんがいること、頭で理解してても、心がついていかなくて、ある瞬間、あ、どうしようって不安になると思うんだけど
やっぱり時間が少しずつ状況変えてくれると思 うから焦らずね。
環境は変わっても、あなたは何も変わらず、いつか夢も叶えてなんだってできること思い出して」
息ができないくらい泣いた。
並んだ気持ちが嬉しくて、優しくて、愛おしくて
きっと、何回も書き直してくれたんだろうな。
きっと、1番届けたい言葉を必死で繋いでくれたんだろうな。
優しさが朱色のようにじんわりと身体中に広がって、大泣きしながら、久しぶりに笑えたのだった。
朝、最悪だなと思っていても
夕方、大きな虹が見えたりする
大好きなワンちゃんに会えたりもする
雨上がりの空気が嫌な気持ちを真っさらにしてくれる
そして、何よりも自分よりも大切な友人が、家族が、必ず抱きしめてくれる。
「独りじゃない」
ありきたりで、平凡な言葉だけれど、人生の底にいると思うときこそ、這い上がるきっかけになる。
ちなみに、当たり前だが、北朝鮮には結局さらわれることはなかった。
今となっては、鉄板の笑い話である。