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小説【お立ち寄り時間1分】寝息はフルートの音
薄暗闇の中に、秒針の音が溶け込む。
小さな音なのに、妙に耳につく。隣では、気持ちよさそうに寝息が脈打つ。
きっかり5時55分。
同じ夢で目が覚める。ここ最近は、ずっと続いている。
「ココアでも飲む?」
手元の灯りに気が付いた君がもぞもぞと動く。
「起こしちゃったね、ごめん」
「ううん、おかげさまで色々とはかどってる」
そう言って、枕元に置いてあるランニングウェアを一瞥した。
「妙だよね」
「うん?」
「ずっと同じ夢」
「そうねえ…」
何処かの森の奥をゆったりと歩いている。緑は深く、霧がかっている。大きな岩がある川が見えてくる。川を渡ろうとすると何か聞こえる。
誰かの声。
けれど、肝心な言葉は、ずっと分からないまま。
伝えたい言葉は、森の奥深くへと消えていく。
「もしかして、宇宙人からのメッセージ…とか?」
「宇宙人…?」
「ほら、いまやってるあのドラマみたいな」
「…温泉に行きたいよう…」
おバカ、と小さな声で呟いて、ふかふかの枕に再び顔をうずめた。
上司のパワハラに悩まされて、転職先を探しているものの、お祈りばかりが続いている日々。眠りが浅く、目が覚めるのだって、きっと疲れが原因。ここ最近、張りつめてばかりだから、体も心もへとへとなのだ。
「小春ちゃん」
「うん?」
「今朝は、オムレツにしよう」
「村上春樹の小説みたい」
そう言って、またお気に入りのブランケットにくるまる。足先に、ぬるくなった湯たんぽが当たる。
「じゃあ、お昼はパスタにしよう」
「いいよ、耳の形褒めてね」
「耳の形だけでいいの?」
君の鼻先が首筋に触れて、くすぐったい。ごつごつと骨ばった君の手を指先で確かめる。手のひらをかざすと、真っ赤な血潮がメラメラと見える。
「じゃあ、ストライプの大きめのシャツ、着てきてよ」
そう笑顔で呟いて、するりとキッチンに君が消えていく。君の手のぬくもりだけが、肌に残る。カーテンの隙間から、うっすらと太陽が見える。どうか、明るいニュースが街に降り注ぎますように。
オムレツを作る香りが部屋中に広がる。
グーっという、重低音が部屋に元気よく響いた。
つづき↓
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