チッテで愛してる#6『私の子供 前編』
ジャスミンと二人で電車に揺られている。僕達は、お互いに知らない場所へ向かっている。事故か何かで、この電車が止まれば…何度考えただろうか。きっと今日を境に変わってしまう。ジャスミンと僕を包む時の移ろい方が。今日で変わってしまう。僕達を包む世界の温度が。僕はジャスミンの手を握った。勇気が欲しくて。
僕が十一才の12月25日。山梨の田舎町
僕はサンタさんにずっとお願い事をしていた。
“家族全員で贅沢な食事をお腹いっぱい食べたいです”
そしてクリスマスの朝、笑顔のお母さんがこれでもかと大きな声で言った。
「今日すーが帰って来る。」
お母さんが3歳下の妹(すー 8歳)を迎えに行った。僕とお姉ちゃんで部屋の飾りつけを急いでした。お母さんと妹をびっくりさせたくて、フルーツポンチまで作った。もしかしてサンタさんに願いが届いたのかもしれない。僕は、そんな思いを隠して、お姉ちゃんと特別な1日の始まりに嬉しくて走りまわっていた。団地の窓からお母さんの車が到着したのを見て、走って妹を迎えに車まで行った。車のドアを開けて僕は妹に言った。
「おかえり」
妹が言う
「光世?」
写真ではなく動く妹を見るのは2年ぶりだった。お姉ちゃんの骨髄液を移植した妹は別人になって帰ってきた。薬の影響で髪の毛はなく、それなのに体毛が真っ白の体を黒く染めていた。頭の大きさがアンバランスに見えるほど手足が細かった。実家がある団地の4階まで登る力がない妹を僕がおんぶをした。おんぶをして太腿を握った。そこには骨の感触しかなかった。背中にしがみつく妹の体重の軽さが不思議だった。この体で明日も生きていくのか?
「元気になったから帰って来る」
お母さんはそう言っていたのに。今日よりも元気じゃなかったのか?妹の体に触るのが怖かった。少しの力で壊れてしまいそうで。少し前にお母さんに言われた。
「すーねあと一年しか生きられないかもしれないんだって。」
そうお母さんに言われた。4年前も同じ事を聞いた。今僕の背中におぶさっている妹。この命を繋ぎとめるのに何人の大人が関わっているんだ。大人達は何をやっているんだ。生きる事は、そんなに難しいのか。
あと何日妹と暮らせるのだろうか?そんな事は分からない。しかし妹が部屋にいる、それだけで家族全員が笑顔になった。妹にフルーツポンチを見せて僕は言った。
「病院で甘い物食べれないでしょ?これ、すごい甘いよ」
妹はそれを見て苦しそうな顔になり言った
「あのね、すーね、すーはね、、、、ダメだとね」
僕は知らなかった。妹は上手く言葉を扱えなかった。生まれてからのほとんどを病院で過ごしている妹。体調のいい日だけ無菌室の電話で母さんとガラス越しに会話をする。教育なんて一切受けていない。妹は自分の気持ちを言葉にして相手に伝える事ができなかった。お母さんが言った。
「すーは病院で決められた物しか食べれないよ。ありがと光世。優しいお兄ちゃんだね」
僕はフルーツポンチの味を知っている。しかし、妹は知らない。同じ家族なのに。兄妹なのに。妹だけが違う世界に住んでいるようだった。フルーツポンチをただ見ている妹。僕はそんな妹になんて言ってあげればいいのか分からなかった。 みんなで食事を始める前にお母さんが言った。
「今年はサンタさんが忙しいんだって。代わりにお父さんがプレゼントを持ってくるから。」
それを聞いてお姉ちゃんが言う。
「お父さんが家に来るの?家の中に入るの?」
お母さんが言う
「入ると思うよ」
お姉ちゃんが言た
「じゃあプレゼントはいらない」
全員が黙ってしまった。しばらくすると
「おい、あいちゃいんじゃねぇーか、おい。あけろバカ」(あいちゃいんじゃねーか>甲州弁で、開いてねーじゃんか。)
お父さんの怒鳴り声と玄関を蹴る音が何度も部屋の中に響く。
お姉ちゃんが叫ぶ
「お願い帰ってもらって」
お母さんが玄関に走った。玄関から二人の怒鳴り声がしばらく続いて、
「やめてー」
と、お母さんの叫び声と共に、お父さんが部屋の中に入ってきた。大工の親方をしているお父さん。熊のように大きな体を揺らして。上下緑のベロアのジャージ姿。海賊のような大きな指輪が意地悪に光っていた。酒に酔い目は座りその顔に柔らかい場所なんてどこにも見当たらなかった。お父さんを見るのは、おじいさんのお葬式以来、三年ぶりだった。お母さんはよく僕達に言っていた。
「お父さんは、仕事で忙しいから帰ってこれないの。だからみんなで応援してあげようね」
僕はお父さんの体がいつも心配だった。そんなに仕事ばかりしてご飯をちゃんと食べているのか。たまには帰って来て欲しかった。僕はもうお父さんの顔をちゃんと思い出せなくなっていた。
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僕は何の批判もするつもりはないです。そして90%の真実と10%の着色がありますので、特定の個人を攻撃する事のないようにお願いいたします
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