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ヘアトニックとシッカロール

 今世紀に入ってから、街のけしきは激変した。地元の商店街は名ばかりで、八百屋も魚屋も肉屋も、全て店を畳んだ。代わりにラーメン屋、牛丼屋、コンビニの類い……
 そう。文房具屋というのも、姿を消してから久しい。

 ただし、あんがいシブトク残っているのが「床屋」である。今でこそ僕は髪は自分でカットするのだが、小中学校時代にお世話になった床屋は二軒あるのだが、共に恙ない。代は当然変わっているのだろうが、前を通るとふぜいもそのままで……ふと少年時代に引き戻される。
 ドラキュラを父親だと信じ切っていた時期もあって、自分の姿は絶対に映らないはずだと、鏡から顔をそむけ、床屋のオヤジを閉口させたのも今は昔である。

 実は、この懐かしの床屋といって思い出すことが二つある。

 一つはヘアトニックであり、もう一つがシッカロールなのだ。

 まずヘアトニックだが、これは「柳屋」というメーカーの有名な奴で、色は緑色。確か床屋では自前のガラス瓶に入れて、散髪後にたっぷり振りかけてくれたものだ。
 とにかく気持ちが良い。時には痛いくらいにスースーするのだが、僕はこの感覚が大好きであった。匂いの方は、いかにも床屋風と言うか、ノスタルジーをソソル安っぽさであった。
 まあ、こんなレトロな商品、とっくに廃盤と思っていたのだが……つい去年、たまたま入った薬店で、かなり大きなガラス壜に入った奴を見付け、以来愛用している。
 とにかく、スースーするだけで薬効などは皆無なのだろうが……風呂上がりに使うと、なんともテンションが上がる。

 さて、次に控えるのがシッカロールである。ベビーパウダーと言った方が、通りはいいだろうか? これは多分夏の時期だけだったかも知れないが、首筋あたりに叩いてくれたのを覚えている。これ叉、ノスタルジーをソソル匂いである。
 実はこのシッカロール、去年の夏から愛用しているのだ。
 普通シッカロールと言えば、赤ちゃんのオムツかぶれなんぞに使うのだろうが……汗止め……特に、汗で痒みを覚えた時に効果を発揮してくれる。
 背中や鎖骨周り、お腹、お尻、……なにせ赤ちゃんも使えるのだから、遠慮なくパタパタ叩ける。
 ハッキリ言って、汗かぶれ用の塗り薬より、遙かに痒みが遠のくし、後の肌触りもサラサラして気持ちが良い。
 一説によると、使い過ぎると毛穴を塞いで逆効果とも聞くが、僕としては一切気にしない。
 ただし、叩き場所を間違えると、白粉でも付けているのかと誤解されかねないが……

 もちろん、柳屋のヘアトニックもシッカロールも、決して肉体の疾患を治療してくれると言うより、アクまでも気分に作用するのだろう。

 思うに……当てにもならぬ薬効よりは、気分に作用を及ぼす、毒にも藥にもならぬ優しさをこそが健全だと僕は信じている。ついては、かかるレトロな商品を、これからも愛用してゆきたいと考えている。

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