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昨日2年半ぶりに会って・・


こんにちは、アルゴンでございます。


いかがお過ごしでしょうか?


昨日、少しだけですが、おじいちゃん、おばあちゃんの所に行ってまいりました。


二人とも、元気そうで安心したし、何回か、家に電話がかかってくることがあった。


祖母 アルゴン元気?


 その優しい感じが涙出てきそうだったし、鬱とはいえ、まだ、そこまで働いていない。

 父や母が嘘をついて、就労移行支援という場所に通って、そこで働く場所を見つけていくんだよと嘘をついている場面を何度も遭遇した。


祖母 そっか、今頑張って働く道探しているんだな

私 はい(半ば本当、半ば嘘)

 半ば嘘と答えた理由は、就労移行支援に通っている訳でもないし、まだ、この時は、B型体験したての頃だったからだ。身内に嘘を言うのって、私にとって辛くて、涙が出ちゃうんです。それを堪えながら会話していました。

 特に祖母は、孫(私や妹)を気にかけていて、私が本来通っていた学校で健康で普通に3年間過ごしていたら、大学に通っていたため、大学に通っていないということに驚きだった。

 大学に通わないということは、普通の方だと働く道を選択するため、自分が休んでいる、少ししか通えていないのが私、この世界に向いていないじゃないかと思った時もあった。

 考えすぎだと思うし、若いからゆっくりでいいよと医者やカウンセラーの方から言われる。


 でも、この若い時に働いていないというのは、普通の一般からしてみたら、おかしいと思われるだろうし、今は、世間的に鬱や精神疾患は広まりつつありますが、甘え、精神疾患は雇いづらいみたいな感じがある。

 私的だと、働いていて、毎日やっているだけでもすごいのになと思うけど、普通の人からすれば、それが当たり前なんだと感じて私は他の人と違うと徐々に思っていた。


 先週、父から、おじいちゃんやおばあちゃんに会いに行かないかい?と言われて、私は最初嫌だなと思った。


 普段の私だったら、行きたい!となっていた。祖母や祖父好きだし、色々雑談したり、下らない事で笑ったりするのが楽しかったから。


 でも、今の私を見て、親が誤魔化して、就労移行という場所に行っていると嘘をついているとはいえ、働いていない私を見るの嫌なんじゃないかなとかと考えていた。

 そして、会いに行くのがめんどくさい、疎いと感じていた。

 悩んで、少しだけ会うならという選択肢になった。

 そして、実際に会ったら、変わっていなくて、祖母や祖父が元気そうで安心した。


 幼かった頃の場所に行ったりして、懐かしい気分に浸っていた。

 公園で妹と喧嘩をしながらも、遊んでいた場所。

 妹は陸上部を引退し、今は受験生。まだ、体力がある為、祖父と近くに体育館に行く事に。

 祖母と父と私は、近くで辺りをキョロキョロしながら、雑談することに。

 私の事を話してくれたり、徐々に慣れていくうちに、あの頃の元気だったころの私のテンションでいられた。


 勿論、大きくになるにつれて、会話の量も減るんですが、あの頃の無邪気だった頃の私でいられたのは嬉しかった。

 よく妹と喧嘩、幼い頃して困らせていたり、トランプして、負けたら、悔しいとか、楽しくやる時間が凄く楽しかった。

 でも、コロナの関係上、それは無理だったし、自分自身も体調があれだったから、そこは幸いだったかもしれない。

 まだ、体力や精神面がそこまで追いついているわけではなかったから。


 でも、昨日会えて、元気そうな姿が見られて安心したし、長生きしてほしいなって思った。ちなみに母は犬の面倒の事がある為、お留守番。

 祖父の楽しく暮らしている感じが見えて、とても羨ましかった。

 ボウリング、散歩、卓球、読書等。


 楽しそうに健康にやっていて、自由に生きているというのが私にとって羨ましかった。

 自分にはないものだったから。

 祖父は会社を経営していたり、大手に務めていたりなど、沢山の会社を経験してきたため、最後の時に、私に対して言った言葉がグッときた。


祖父 アルゴンはアルゴンでゆっくりでいいし、まだ、若い。 

  ゆっくりで大丈夫だよ、人生何とかなる。

 父が補足でイマドキは、こんな感じで働く、テレワークのことや内職の事などを伝えていた。


祖父 自分に合った環境が就労?何とかで見つかると良いね


 その言葉に優しさが溢れていて、病気もち(鬱)のことを本当は言おうかなと思っていた。でも、言うのを止めた。本当は就労移行も通っていないですと言う事も。今の私は、B型という所に週に1回30分位で働いているから。


 心配かけるというのもあるけど、何より二人が元気そうな姿、そして前みたいにはなれないけど、会って会話出来ることが楽しくて忘れていたから。


 最後別れる際に健康でいてねという祖母の言葉がきた。

 心の中では、有難い言葉だけど、おじいちゃんやおばあちゃんも長生きして、健康に暮らして、老後も楽しんでね。そして、私や妹を見守ってねと思った。

 口には出さずに帰った。余計な言葉だと思ったので・・(;^_^A


 その後は、回転すしに行き、食べ過ぎました・・(;^_^A

 食べれる健康、そしてお寿司好きな私にとって至福の時間でした。

 本来だったら、おじいちゃんやおばあちゃんも連れていくけど、コロナのこともあるから、それはなかった。

 沢山食べすぎて、もう食べすぎよとおせっかいの言葉、そして祖父や祖母が私や妹が沢山食べていることに優しく微笑んでいたり、見守っていた頃を思い出した。


 鬱は、言っていないけど、色んな経験して、趣味を沢山見つけて、楽しい人生を謳歌したい。


 祖父みたいに、大手で働いたり、その後に会社経営もしていたなんてことは私にとっては凄すぎて眩しい程ですが・・・。

 高卒の私で、二次障害持っている私でも、少しでもいいからお金稼いで、世の中の厳しさ、そして、お金貰える有難さ、自分のお金で何かを買う喜びや楽しさ、少しずつ経験して、信頼できる友達といつか外で会って、会話したい。


 コロナが収束して、もう心配ないですよの状態が来たら、また、外食行ったり、色々話したい。

 そして、その頃には、自分を認めて、自分なりの楽しさを見つけて、楽しく、笑顔で迎えれたらなって思う。心の底から楽しいと思えるような。


 それまでの間には長生きしてほしい。

 妹も就職で、働くの大変と駄々こねながらも、楽しく謳歌して・・。

おじいちゃんやおばあちゃんが、安心できるねという思いの状態になりたい。


 それが私にとってのおじいちゃん、おばあちゃんの恩返しだと思う。


 長くなってしまい、すみません。思いが出てきてしまいました(;^_^A

 最後まで見てくださってありがとうございましたm(__)m


 余談なんですが、会いに行きたいなと思ったのは、父が外食連れていってくれるからという理由も結構デカいです・・(;^_^A

 外食という釣りにやられました。

 最近美味しい物食べる事が幸せなので・・。 

 勿論、おじいちゃんやおばあちゃんと会話出来て良かったなと思うし、行って良かったです。元気な二人が見られて。


 もう少しの時間、私や妹を見守ってほしい。

 そして、老後の人生、楽しく暮らしてねとメッセージを伝えたい。


 中々口にすると照れるので、あまり言いたくないですが・・(;^_^A

#おじいちゃんおばあちゃんへ

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