子どもはどのように『落ち着き』をなくすのか【完結編】


どのように子どもが『落ち着き』をなくしていくのか、ツヤ子の経験を元に、架空の男の子Aくんが保育園でどのように成長していくか、というお話の続きです。


新しいタイプの興奮状態を見せたAくん(前回の振り返り)


4歳クラスに進級し、休み明けの登園はますます落ち着きがなくなったAくん。

ある休み明けの登園日のこと。

Aくんはちょっとした音や物の動きを見ると
『オマエ〜!』バンッと、
叫び、床や机、人を叩くという興奮状態に陥りました。

何かがフラッシュバックしている?

Aくんはもちろんのこと、他の子ども達の安全を考え、集団保育から一度離れることにしました。
そして静かな保健室へAくんを連れていきました。
保健室では好きなプラレールやブロックで遊び始めました。
しかし、ブロックが上手く重ねられず崩れてしまったり、プラレールが脱線したり、些細なことでまた興奮が始まります。
頭のなかで、何かがフラッシュバックしているようでした。

結局、集団保育に戻れなかった…。

保健室でトーンダウンしたところを見計らって、午前中は園庭で遊ぶということだったので、いつものように時間と遊び、誰が迎えに来て、給食のお手伝いして…と、先の見通しをAくんに説明しました。

『わかった〜』と、Aくん。
ツヤ子と園庭へ向かいます。
外では興奮することなく、遊べました。

しかし、給食で他の子ども達と一緒に過ごすと途端に声や音、お友だちの動作に反応し、『オマエ〜』バンッが始まりました…。
結局、その日はクラスに戻れず、保健室で過ごすことに…。

保健室でも1日中、ぼーっとしていたかと思うと、『オマエ〜!』バンッと床を叩き、『キャー!つーやーこぉーせんせー』と言いながらツヤ子にタックルしてきました。

(Aくん、一体何があったんだ?精神状態に何か起きているとしか思えない…。)
あまりの状態に精神科に行ったほうがいいのではないかと思うほどでした。


原因は動画視聴…。

夕方、お父さんがお迎えに来ました。
今日のAくんの様子を伝えると
『あ〜、昨日、動画見せすぎましたかねぇ…。』と言いました。

『ホラーゲームの実況動画をAくんは怖いくせに見たがるんですよ』

『「オマエ〜!」は台パン動画を真似てるんだと思います。』

とのこと。
お父さんはAくんが見たがったから仕方なく見せた。僕は(父親)は悪くありません、という感じで話します。

ぶっち〜ん

ツヤ子の頭の中で音がした。
そして、ブラックツヤ子が現れた…。

(なるほど〜。じゃあ、何かい?お父さん。Aくんが『エロ動画見たい〜!』と言ったら、『仕方ないないなぁ〜』って見せるのかい?Aくんが見たがったから見せた、自分のせいではないと言うのかい?
結局、どんな内容の動画をどれだけ見せるか決めるのは親なんじゃないかい?)
心の中のブラックツヤ子がつぶやきました…。


ちくしょ〜!
人の良い中年おばさんを演じてやる!

『そうですかぁ。それは大変でしたねぇ。Aくんも好きで見た動画でしょうけど、刺激が強すぎたようですね。「スマホ依存」という言葉があるくらいなので、成長途中の未就学児には動画視聴は慎重にされることをオススメしますよ…。』と、ブラックツヤ子を押し殺し、人の良さげな中年おばさんを演じるツヤ子…。

あ~あ。こりゃだめだ…。打つ手なし!

ブラックツヤ子がつぶやきます。

いくら保育園で職員が必死にAくんに寄り添って、落ち着きを取り戻しても、結局、家庭でフラッシュバックするほど動画漬けにされるAくん。

おそらく保育園では動画を見ることができないので、平日はデジタルデトックスができるのでしょう。
そして、休日はどっぷり動画漬けにされる…。

しかも母親の職業は教育関係…。

デジタル時代ならではの新しい教育虐待だね!

ブラックツヤ子の嫌味が止まらない。そして、今日の彼女はキレがイイ…。

Aくんは保育園が好きで、お友だちも好きで、一緒に遊びたいだけなのに、動画漬けのせいでそれすら叶わなくなってる。

保健室で自分の体と心のコントロールを失い、興奮するAくんはとても辛そうに見えた…。

ギャンブル、アルコール、ゲームにしても、社会生活に影響を及ぼし始めたら「依存症」と診断がつくことが多い。

Aくんは「スマホ依存症」状態なのかもしれない…。

親から離れて、精神科に入院したほうがいいよ…。(←ブラックツヤ子)

でもまだ5歳だよ! 親と離れることはとても心が傷つくよ!(←ホワイトツヤ子)

親と一緒に暮らすかぎり、Aくんの「スマホ依存」は続くんだぞ!実の親が子どもを依存症にしてるんだぞ!どっちが残酷なんだ?しかも、母親は教育関係者だそ!自分の子育ての非を認める可能性はかなり低いぞ!(←ブラックツヤ子)

そうだね…。おそらく認めない。お父さんの話しっぷりを見ると動画視聴も止められない…。(←ホワイトツヤ子…ばたっと倒れる…)

『発達障害もどき』を思い出す

 Aくんの家庭での生活改善はみられませんでした。そもそも保護者が自分達の生活が子どもにとって『不健康』と思っていないのかもしれません。

Aくんは23時に寝て、8時に起床して、9時ギリギリに登園する、という生活をしています。
そしてグズると動画を見せられているのかも…。

以前の記事で紹介した本、
「『発達障害』と間違われる子どもたち」成田奈緒子著 2023.3.15  株式会社青春出版社

の『発達障害もどき』になりやすい原因と記されていた睡眠不足、デジタル機器の多用とAくんは条件がピッタリとあてはまる…。

ただ最近、Aくんを見ていると、ツヤ子は『発達障害』か『発達障害もどき』なのか判断することに意味があるように思えなくなってきています…。

習い事で何とかなると考えてる?親たち

Aくんの『落ち着きのなさ』を習い事で何とかしようと思ったのでしょうか?
Aくんはあの興奮症状を抱えながら、スイミングスクールの体験レッスンに行ったそうです。

案の定、レッスンには参加できず、
『もういかない。保育園のせんせ〜がいい〜』と言ったそうです。
初めての場所、人、先の見通しの立たないレッスンは今のAくんは不安でいっぱいになるでしょう。

スクールのインストラクターの方も大変だなぁと、ツヤ子は思いました…。

休み明けヘトヘトの子ども達

休み明け、Aくんだけでなく、ヘトヘトになっている子ども達は多い。
週末、様々な習い事を掛け持ちしているらしい…。
英会話、スイミング、ピアノ、体操、タブレット教材…。

前出の本『発達障害に間違われる子ども達』には未就学児期は体の脳を鍛える時期と記されていました。それなのに親たちが必死になっているのは『習い事』…。

コスパもタイパもマジ悪い子育てしてるな〜

ブラックツヤ子が鼻くそをほじりながら横向きに寝っ転がり、呆れた口調で話す。

そうだね…。なんでこんなにこじれちゃったんだろ…。(←ホワイトツヤ子)

ブラックツヤ子がゴロゴロして、ポテチを食べながら話す…
子どもはさ、『早寝早起き朝ごはん!』『未就学児はデジタル機器なし!』で育てればいいのさっ。
スマホなんてなくても子育てしてたじゃん!
デジタルの時代、そして長い人生、勉強しなくても、スマホやタブレットがなくても生きていける唯一無二の自由な時期なんだせ!
もっとのびのび、『うぇ~い!』っていっぱい遊んでればいいのさ!
おひさまが出たら起きて、おひさまが沈んだら寝て、親がいっぱい抱っこして生活させてやればいいのさ!
そうすれば沢山の『習い事』をしなくても、子どもは自然と『生活』から学んでいくもんだぜ!
貧乏だから学力格差が起きている?
そんなの全部本当か?
保育園の子ども達の親は一流企業や社会的に「立派なご職業ですね~」って言われる職業なんじゃねん?
そんな親を持つ子どもでさえ、今、落ち着かなくなってるんじゃねん?
ブラックツヤ子、ポテチが止まらない…。


5歳クラスの頃

家庭での生活の改善は殆ど見られないまま、Aくんは遂に年長組となりました。
相変わらず、休み明けは調子が良くないことが多いですが、保育園職員もAくんの事情を知っていたので、集団保育に無理に参加させることはありませんでした。
ありがたいことに、協力してくれる職員が増え、とにかく手の空いた職員が、Aくんのクラスがトラブっていないか見守りに行くようになりました。
このおかげで担任が孤立することを防ぐことができました。
そして、Aくん以外の子ども達も落ち着きを取り戻しつつありました。

お家に行ってらっしゃーい

お迎え時、そんな心持ちで、子どもを家庭へ送り出す…。
以前の記事で紹介した
米澤好史先生の著書『愛着障害・愛着の問題を抱える子どもをどう理解し、どう支援するか?』2019.8.25 福村出版
ではこのような内容がありました。

家庭の安全基地機能が不十分な場合、保育園が安全基地機能を代わりに担う。そして、保育園という安全基地から子ども達を
『お家に行ってらっしゃーい』という心持ちで家庭に送り出す。
朝、登園した時、『おかえりなさい』と出迎える。
そんな対応の仕方もあるとのこと…。(要約)

それを読んだ時、
『ああ、Aくんは今、そんな感じだなぁ』と思いました…。

家にいるより長い保育園

0歳クラスから長時間保育を利用していたAくん。
それは6年間という彼の短い人生の中で、自宅で過ごすより保育園で活動している時間が長いということ…。
つまり、親より保育士と活動している時間が長いということ…。
愛着形成は一緒にいる時間の長さではないと思いますが、スキンシップで得られると考えられる愛着は形成しにくい可能性がある…。
長時間保育は実の親と愛着形成ができない可能性があるということ…。

だから昔から小さい頃から他者に預けるのは可哀想って言われてたのさ

ブラックツヤ子が『綺麗事ばかり言ってんじゃねーよ』と言う感じでまた現れた…。

発達心理とか、小児精神科とか、理屈なんてわからなかった大昔。理屈なんてわかんないけど、両親と離れて暮らす子どもは不安定になることはわかってたんだよ。
あと、シンプルに医療が発達してなかったから、親(母乳を出せる母親、家や家族を守る父親)という安全基地から離れることは死んでしまう可能性が高かったんだよ。だから『小さい頃から他者に預けることは可哀想だとか、三つ子の魂100まで』って言われてたんじゃねん?
でも、医療もミルクも保育園も発達し、実の親でなくても子どもの命は守れるようになってきた。けれど『愛着形成』ができないことが新しい問題として出てきただけなんじゃねん?(←ブラックツヤ子)

そうかもなぁ…。ツヤ子が若い頃は「『三つ子の魂100まで』なんて幻想よ!」って言われてたんだよ。だから保育園育ちでも大丈夫って思ってた。けど、その頃とは世の中がまた大きく変化してるよねぇ…。(←ホワイトツヤ子)

新しい安全基地はみつかるのか?

Aくんはまもなく卒園します。
これは保育園が担っていた安全基地機能をAくんは失うことを意味します。

Aくんはおそらく学童クラブを利用するでしょう。

小学校は沢山の子ども達が集う場所。
動画漬けで、興奮しやすい彼は新しい環境に耐えられるのかな…。

小学校、先生、学童クラブ…どこかに彼の安全基地ができるといいのだけれど…。

ああ、また、ブラックツヤ子が鼻くそをほじりなが現れそうだ…。


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