見出し画像

ドイツ人の偏愛野菜、白アスパラガス その1


ドイツの春は白アスパラガスを抜きにしては語れない。でもドイツ人がこよなく愛するこの野菜を異国人の自分が軽々に語ってもいいのだろうか...。そう逡巡するくらいドイツで白アスパラは特別なステータスがあって、おいそれとは踏み入れてはいけない気がする。聖域といってもいいかもしれない。

画像10

1シーズンにアスパラ5キロ消費

職場の人が、「週末に農家までアスパラを仕入れにいくので欲しい人は一緒に買ってきてあげる」と言うので興味半分に「1シーズンにどれくらい食べますか」と聞くと、少し考えて「大人2人で10キロは食べるわね」とあっさり。横でやりとりを聞いていた女性は「うちもそれくらいは最低でも食べる。ほら先週もこの通り」とスマホでアスパラとジャガイモとハムの盛られた写真を見せてくれた。つまり、一人5キロ。一回に食べる量が500グラム(大体10本くらい)として10回はアスパラ料理を堪能するというわけか。


二人とも胃に無理がきかなくなっているはずの立派な中年だ。いくら野菜とはいえ、2カ月という限定された期間にそんなに食べるとは白アスパラにいったいどれほどの魅力があるというのだ?この2年間ほど白アスパラをスルーパスしていた私は5キロの衝撃にやられて絶句してしまった。(ちなみに統計ではドイツでの1人あたりの年間平均消費量は1.7キロになっている)


白アスパラへの愛がカギ?

かなり長いことドイツに住んでいるが、純日本人の私にとって白アスパラは、北海道のおみやげにもらったらうれしいかなという位の気持ちから脱しきれていない。
 

そのノリでドイツ人同僚に「白アスパラってそんなにおいしいかねぇ」と言ったら、「何分間茹でてるんだ?きちんと茹でているか?皮を入れて、そして少し砂糖をいれて、茹ですぎてもいけない。ソースオランデーズ(バターと卵をベースにしたマヨネーズに少し似たソース)も市販品でなくてバターから作るように」と矢継ぎ早に細かく指導が入った。

野菜そのものへの疑問はまるでなし。イマイチと感じるのは君の腕のせいだと言わんばかりの勢いで、しかも二人から立て続けにときた。


そんなに一つの野菜にこだわるくらいなら他の野菜にも愛情を注いでやってくれ、と反発しそうになったけど思い当たる節がない訳ではない。私の料理の際の座右の銘は「適当に」。毎日のことなんだから特別な時をのぞいては軽く流したい。

だから白アスパラだって特別扱いすることなく「適当に茹でておけばいいんだろう」といたって緩かった。その緩みが白アスパラにも伝わって「適当に柔らかくなっておけばいいんだろう」という出来上がりになっていたのではないか。ちいと私の気合いが、いや愛が足りなかったのかもしれない。

画像3


アスパラの産地、シュローベンハウゼンヘ

よし、それならばと思い立って5月上旬にアスパラの産地、シュローベンハウゼンまで出向いてとれとれの白アスパラを調達することからはじめてみることにした。


シュローベンハウゼンはアウグスブルクと車のアウディの本拠地、インゴールシュタットの中間に位置する。電車の車窓からは畑で収穫作業する人たちの姿が見えた。こうやって手作業で採られているのを目の当たりにすると感謝とありがたみの念が湧いてくる。


シュローベンハウゼンで大規模に白アスパラガスが栽培されるようになったのは1913年から。ヘッセン州出身のクリスチャン・シャドト氏がパール川に沿った水はけの良い砂地の土地に目をつけ、それからどんどん広がっていったらしい。「たくましいナッツ風味」と標榜するシュローベンハウゼン産のアスパラは2010年にEU(欧州連合)の品質認証を受けているし、市の中心にはヨーロッパのアスパラ文化博物館もあってアスパラ生産は町の主要産業の一つになっている。

画像10

付け合わせのハムを購入する

旧市街に入ってアスパラをと探し始めたのもつかのま、ふと上を見たときに発見したコウノトリの姿に感動して、アスパラそっちのけでウォッチングをはじめてしまった。えんとつに巣を作ったらしく、一羽がずっと巣に座っている(ように見えた)様子は健気そのもの。見飽きることがなかったのだが、30分ほどして「何をしているんだ自分は。アスパラ愛はどこへいった、旅の目的はアスパラじゃないか」と気付いて土曜市に向かった。


街中が工事中のため、市場といっても数軒しか立っていない。野菜スタンドを物色すると、あら、アスパラが・・・ない。売り切れているのではなくて置いてない。ウチでは扱っていませんということなので、やむなくアスパラ農家で買うことに計画変更。そして肉屋のスタンドをのぞくと「アスパラにお勧め」となんやら聞いたことのない肉の名前が書いてあったので売っている年配の女性に聞くと、薫製の肉の塊を取り上げて、これを薄く切ってアスパラの付け合わせにするのだという。

画像2


「じゃあ試して(買って)みます」と言い掛けたのをおばちゃんは「試す」という部分だけがきこえたらしくスライサーにかけて「食べてみなさい」と一枚よこしてくれた。さらに「ウチではアスパラの時には何種類かこういったハムを切って皿に盛っておくのよ。それぞれが好きなだけとったらいいから楽でしょ。残ったらパンに載っけてもいいからね」とアドバイスをしてくれたので、真似すべく3種類のハムを6枚ずつ切ってもらった。

画像4


春のシンボル、アスパラガス

さていよいよアスパラだ。コウノトリに手を振って別れを告げてから車窓から見えた畑の辺りを目指すことにした。ところどころに菜の花畑が広がる明るい黄色い風景と春の暖かな陽射しを浴びながらゆっくり歩いているとドイツ人がアスパラガスを愛する理由の一端が良く分かるような気がした。


今でこそEU内の自由な取引と経済のグローバル化で、ドイツのスーパーの野菜売場は冬だろうとスペイン産トマトやエジプト産のモロッコインゲンだのとバラエティに富んでいる。でも1980年代までは冬といえばジャガイモやビーツといった保存のきく根菜類やキャベツ類が売り場を占拠していた。そうしてアスパラが出てきてようやく地で採れた旬の新鮮な野菜を口にするシーズンがはじまったのだった。いってみればアスパラは長く暗い、寒い冬と決別する春の食のシンボルとして長らく君臨してきた。


人を招くとき、白アスパラにジャガイモ、ドイツ産イチゴを使ったデザートというのが鉄板メニューというのも、春到来の喜びを分かち合う一番簡単な方法だからではないだろうか。アスパラの白さと柔らかな食感は明るい季節とマッチして心を軽やかにしてくれる。

画像5

皮むきマシンを初体験

さて、いくら歩けども、途中で何カ所か畑もあっても「アスパラ売ってます」の看板はどこにも見えない。畑作業している人たちもシートをかけて仕事仕舞いのようだ。

そこで最後にアイヒャッハという街でアスパラの販売スタンドと、無料の皮むきマシンが並んでいたので飛び込んだ。

いつもならば一番安いので結構、と思うのだが、ここは奮発して1番品質の良いのを500グラム(6ユーロなり)購入した。切り口が白くて新鮮そのもの。アルバイトと思しき女性から「皮をむきますか?」と聞かれて一瞬躊躇した。隣にある皮むきマシンを試したいという好奇心と、ここでむいてしまったら「皮も入れてゆでろ」という同僚のアドバイスに従えないという苦渋の選択だ。

せめぎ合いのなかで、この時は好奇心に寄り切られ、アスパラを抱えていそいそと隣の皮むきマシンに急いだ。

画像7


カメラを向ける私に若い女性が「アスパラ入れますよ、いいですか」と声をかけてくれると一本ずつアスパラがローラーのようなものの間を滑って最後に真っ白なむきたてのアスパラが出てきた。最後の一本が途中で折れたので、隣の販売所に行って取り替えてくれ、最後に「おまけ入れときますね」と袋に折れアスパラも何本か入れてくれた。

画像7

専用鍋でアスパラを茹でる

後は家で調理するのみ。アスパラ愛が薄いわりに我が家にはアスパラを茹でる専用の細長いザル付きの鍋がある。実は植物で生地を染めようと中古のを買ったものだが、ここぞとばかりにお出まし願う。水を入れて火にかけて、塩、砂糖を入れてアスパラを投入。もちろん柔らかさのタイミングを外さないようフォークを手にコンロに付きっきりで見張る。

画像8



さあ、いよいよ試食だ。いつもならわさび醤油に手が伸びるところだが、今回はぐっとこらえてあくまでもドイツ流に徹すべく溶かしバターを採用。心して調理したからか、アスパラが舌に優しい気がする。薫製ハムの紙のような薄さと塩気もアスパラに良く合っている。(おばちゃん、ありがとう)


ああ完璧かも、と自己陶酔しつつ茎の部分をかじろうとして壁にぶち当たった。固いぞ!無理してかもうとしても歯に繊維がからみついてちぎれない。皮をむく手間が省けて楽だったなと喜ぶあまり、木化した茎の部分を少し切るのをすっかり忘れていたのが良くなかった。アスパラめ。


無理矢理飲み込みながら悟ってしまった。私のアスパラ愛はまだ未熟だと。全身全霊でぶつからないとアスパラとは相思相愛の関係にはなってもらえない。

画像9



いただいたサポートは旅の資金にさせていただきます。よろしくお願いします。😊