みずきり
大叔父の別荘に招かれて、Kは週末を過ごす。有力者のパーティが盛大に行われる。名前だけは聞いたことのある、はじめて拝顔する大金持ちが、高級車やらペットやらを従えて集まっている。父に連れられて、まだ年端もいかないKは、お歴々に挨拶をして回る。「いいか、最初が肝腎だ」と父は耳打ちする、「挨拶のできん奴は、死ぬまで這いつくばるんだ」。四重奏楽団が控えめにバッハを奏でる。イングリッシュ・ガーデンを誇る洋館は、それ自体がクラッカーから飛び出した紙吹雪のようだ。賑やかに、煌びやかに、深い森のなかで電力を消費する。
挨拶回りを続けるうちに、Kは飽きてくる。一張羅のタキシードを着こんだ父が、汗だくになっている。パーティーの参加者は、曖昧なドレスコードが逆に洗練さを要求するような、お洒落ないでたちだ。ある人が「今年のダービー馬は?」と予想を訊き、別の人が「何株お持ち?」と来週のIPO銘柄を訊く。父はしゃちこばった表情で頷き返す。だが、次の有力者へと移動するわずかの隙に、「名前と歳ならオウムでも言うわ。それに何だ! その恰好は!」とKを罵る。そのうち父は、会う人会う人に大叔父との血縁をやたら自慢げに喋る。誰も訊ねはしないのに。
Kはこっそりパーティーを抜け出す。鬱蒼とした木陰で、一組の男女が木の幹に寄りかかって抱き合っている。女はドレスから伸ばした細い片脚を男に絡め、たがいの舌は涎まみれに蠢く。見てはいけない、とKは直観的に急いで泉へ出る。その行為が何なのか、知らないなりにも、Kの下腹部は熱く火照る、動悸が激しくなる。月明りが静かに水面に揺れている。Kは小石を拾い、水平に投げてみる。水飛沫がいくつか跳ね、それらは間隔を縮めて水上を滑っていく。ジャンプの回数を数え、次こそは、ともっと薄い小石で試みる。何度も、何度も、広がった波紋が重なり合う。
不意に、小刻みな連続ジャンプのあとの水面を、別の小石が勢いよく、颯爽と跳ねていく。父がふらふらした足取りで立っている。シャツのボタンを胸まで開け、蝶ネクタイを外して、亡霊のように立っている。父はまた小石を手にすると、スナップの効いたスローを決める。「車はやっぱりヨーロッパ車だとよ」と父は独り言つ、「チッ、なにがCO2だ! 飯を食うのが先だろが!」。Kは黙って水切りを続ける。得も言われぬ畏れと悦びが、ないまぜになる。父は、しばらく試技を繰り返すものの、最高記録が8回を限界に感じたところで、発条が切れたように座り込む。
「おまえ、筋がいいな」そう言って父は苦笑する。Kの、最後の一投で連なった波紋が、音もなく、緩やかに、泉の鏡面に融けていく。
やおら父は立ち上がる。「さあ、帰るか」「母さん待ってるね」。揺らめく月影が美しい。Kは、木陰で見た出来事を秘めておく。