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メトロノームは凍らない

究極の二択に正解すれば、天にも昇るとびっきりのご褒美をあげる、とガールフレンドが言う。「では問題で~す。次のうち、いまの私が欲しいのはどっち?」。ひとつが1941年製 Wurlitzer のジュークボックス、もうひとつが1956年製 Singer の足踏ミシン。彼女の説によれば、その人のことをどれだけ知っているか、で愛情の量は計れるらしい。ううむ、さっぱり分からないので、「足踏ミシン!」とKは一か八か応える。

「正解! なんで分かったの?」
「いや、ただの勘」

「もしかして、note、覗いた?」
「何、それ?」
「フォローする noter の記事であるの」
「足踏ミシンが?」
「そう。zzfigaro っていう人の記事に」
「足踏ミシンが?」

二回ワードを続けたことで、足踏ミシンのイメージが凍りつく。だが、彼女もさる者、日頃からミニマリストを公言するだけあって、氷で固まった言葉をさっさと冷蔵庫に仕舞いこむのだ。冷蔵庫のなかには、他にも風邪薬やら文庫本やら、一人分の食器セットもあれば、ジプロックに入ったクレジットカードもある。「必要最小限のものを収めるには、このサイズの冷蔵庫が最適なの」「でも、足踏ミシンは入らないよね」。彼女はケータイで note を開け、zzfigaro の当該記事を朗読する。そして約束どおり、正解のご褒美として、素っ裸になってKに覆い被さってくる。

二人はいつになく情熱的で狂おしいセックスをするのだ。イキそうになるときの詩句の朗読が、いかに官能を高めるか。その余韻に浸ったまま、ふとKは冷蔵庫にまだあるはずのものに意識が傾く。言葉の範列関係において、冷蔵庫とピッタリ対をなすものが、そのままモノとして中に存在するイメージに縛られるのだ。第一のアイデアでは、冷蔵庫には古いアルバムが入っている。彼女自身の過去にもかかわらず、おもいでを凍らせる、という陳腐な発想がKを逆に苛立たせる。第二のアイデアが、メトロノーム。ただの閃きにしては、直感的にビンゴ!

正確なリズムを刻むにはぎこちない、角ばった針の振幅が、なぜかKを惹きつける。それが何を意味しようと、冷蔵庫には見事に呼応するのだ。

「ゴビ砂漠、お腹いっぱい……」眠りについた彼女が、意味不明の寝言を呟く。Kは密かに zzfigaro のアカウントをフォローする。



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