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影を引きずって*

世も末だ。いよいよ人々はたがいの影を剥ぎ合うのだ。地面に横たわる全身の輪郭に沿って、太い鉄釘を10㎝間隔で打ちつける。型紙の採寸をとるように影を留めてから、身体をゆっくり起こす。ミシリミシリ、薄い皮膚が剥がされるように影が残る。そこかしこから呻き声が揺れる。

Kは怖気づき、釘付けにされる前にそっと逃げ出す。超高層ビルのエレベーターに乗って、最上階のボタンを押す。階数表示ランプが順に上へ上へと点滅していく。ところが、最上階で点灯したきり、表示ランプを置き去りにしてエレベーターの箱だけがぐんぐん上昇する。

停止して扉が開く。Kは前のめりになって両手をバタつかせる。箱の一歩外には、果てしない暗闇が広がっているのだ。ここは宇宙空間か、と思う間もなく、はるか上空から一本のロープがスッーと降りてくる。漆黒のなかではロープの端は見えない。もう一方の端は輪っかになっている。

ちょうどKの眼前で、ロープの輪っかが揺れる。手招きをするようにも見える。首を通せばきっと縊死するのだ。影の重さのために。それが断末魔の世界にあって、幸運なのか悲運なのか、Kには分からない。神の沈黙に耳を凝らせば、足元のずっと底の底から、不気味な音が聞こえてくる。

ヤトゥンバたちが、剥がされた影を貪っている

断末魔の世界にあって、幸運なのか悲運なのか、Kには分からない。




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