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ステレオタイプ

葬列が街を練り歩く。棺を積んだ、黒光りの霊柩車が先頭を行く。のろのろあとに従うのは、間に合わせで集められた関係者だ。棺を作った指物師の親方がいる。下働きの見習いがいる。ステッキを小粋にぶらさげた老紳士もいれば、買物帰りに出くわしたまま参列した主婦もいる。彼女は買物袋を提げている。ステッキの老紳士とは顔見知りらしく、ともに善意のボランティアで加わっているように見える。でなければ、なにかの因縁でお声が掛かったにちがいない。そして、Kはここにいる。小雨が降る、陰気な日。葬列は街を何周もぐるぐると回り続ける。

街角のビルの二階では、指物師の妻が赤ん坊を抱えて様子を伺う。赤ん坊をあやしながら、不安そうになりゆきを見守っている。これから起こる惨劇を知っているかのようだ。ときおり葬列に加わった親方と目配せを交わす。親方と同じように、買物袋の主婦も顔を上げ、二コッと微笑む。なにもかもが予定調和のうちに進む。主婦は小声で老紳士に確かめる。「ちゃんとステッキで突ついたわよね、棺桶を」。暗示的にスズメが飛んできて、霊柩車のルーフ、ちょうど棺が横たわる真上でピョンピョン飛び跳ねる。犬がクンクン鼻を鳴らして、霊柩車のタイヤを嗅ぎまわる。

「ぼちぼちですかね、犬が嗅ぎだしたところを見ると」

「原書どおりなら、指物師の見習いが棺の蓋に乗りますが」

「いやいや、そうは問屋が卸しませんよ」

「やれやれ、一体、何十年こんなことを続けるのやら」

お約束どおり、だしぬけに棺桶の中から激しく蓋を叩く音。スズメがパッと飛び立ち、心配げに霊柩車の上を飛び回る。犬は吠え立てる。逸早く不穏な空気を察せなかった自身をさも悔いるように、興奮して吠える。老紳士と買物袋の主婦は思わず脇に飛びすさる。それを合図に全員が目を合わせ、ここからが本番だ、と言わんばかりに、一斉に霊柩車内の棺に覆い被さろうとする。その蓋を押さえ込もうとするのだ。棺の蓋が開いて誰かが出てくるよりも、このほうがまだマシだというように。いや、実際は茶番のステレオタイプを、椅子取りゲームにかこつけて繰り返すのだ。誰もが、台本を読み尽くしてはいなくとも、棺桶の主になるよりは蓋の重しになるほうを選ぶ。指物師は黙りこみ、二階の妻は驚いたふうを装って目を見開く。その一部始終を見て、自分も遅れてはなるまい、とKも棺桶の上に重なろうとする。同時に蓋が勢いよく弾け飛んだ。誰もが棺桶から転げ落ちた。

それさえも猿芝居だ。「さあ、どうぞどうぞ」とKを除いた全員が、手のひらを返すように空っぽの棺をKに勧める。

路地裏から、一匹の猫が飛び出してくる猛スピードでブロック塀を駆け上がり、次には静物画のモチーフのようにピタッと固まる





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