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消される女

女が突然やってきてガラスの小瓶に入り込む。「洗濯物を届けに来たの」と白々しく言う。街角のコインランドリーで、何度か挨拶を交わした女だ。ありとあらゆる関節を外し、身体を縮ませ、気づいたときには、もう透明ガラス瓶の住人だ。押しかけ女房も真っ青な美妓に、あまりに見事な収まりかたに、ブラボー、とKは思わず感嘆の声をあげる。細口瓶の、そこだけ狭まる瓶の首で、女の叫びが高く変調する。「不揃いの靴下、玄関マットの横に置いたわよ」。「ありがとう」とKは丁重に言ってから、試しに小瓶を振ってみる。キャーキャー歓声が聞こえるのは、大地震に慄く悲鳴ではなく、ジェットコースターに乗るときの歓喜のそれだ。あるいは、インフルエンサーのペットに感情移入するような、束縛されたい願望。どう見ても、女は喜んでいる。Kは洗濯物を片付けようと、のろのろ玄関へ向かう。足拭マットにあるはずの、Kの靴下。一筆書きのすさび。

やばい、やにわにKは慌てふためく。靴下の綴りに自信が持てない、SとTの連なりが悩ましい仏語の。八折版ノートを書き直すつもりで、Kは消しゴムを探す。手にするや、靴下ではなく、女のほうを消そうとする。ところがガラス瓶までいっしょに掻き消され、瓶の外形があやうく失われそうだ。視座が違う。何かが狂っている。女はムッとして、どうして自分が消されなければならないのか、恨めしそうにKの靴下を睨みつける。



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