シャボン玉
緑地公園で、小さな女の子がシャボン玉を飛ばしている。シロツメグサで編まれたティアラを、頭に冠している。2・3歳だろうか、言葉は少し話せるようだが、まだ理解は覚束ない。同様に覚束ない足取りで、女の子はシャボン玉を追いかける。大きく膨らんだ無色透明の球体を、そこに乱反射する虹色の光の干渉を、意味もなく追いかける。ベンチの傍には、捨てられた仔犬が繋がれている。痩せ細り、舌をハアハア出して、無垢で虚ろな瞳を行き交う人々に向ける。散歩途中のご婦人が気付いて立ち止まり、水筒の水を仔犬の前に捨て置かれた餌皿に入れてやる。
小さな女の子は、じっとその様子を見ている。命の水に飛びついて、仔犬は尻尾を振る。表情がほころび、女の子は手にした容器からシャボン玉の石鹸水を餌皿に加えようとする。散歩のご婦人はやさしく手で遮る。首を横に振って、「お嬢ちゃん、偉いわね。でも、それは違うのよ」。女の子はしばしご婦人を真直ぐ見つめ、それからなにか閃いたように戻っていく。草叢を抜けた木陰で、悪臭と絶望にまみれて座りこむ浮浪者のもとへ。髪は泥色に固まり、片肘で倒れそうな体を辛くも支えている。浮浪者の前には、錆びた空缶が忘れられている。わずかな小銭が底に貼りついている。
女の子は、大事そうに石鹸水を空缶へ注ぐ。
風にはぐれたシャボン玉が、ひとつ、透明のまま空へ運ばれる。