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13年

山寺へ通い出したのは、13年前3月の震災がきっかけだった。
何も出来ない無力感、心の未熟感、チャラチャラしたように思えた仕事…
色んな気持ちを抱えていると、偶然のご縁があり、
4月から山寺に通うことになった。

日中は、日替わりで若いお坊さんが登ってきてお勤めをされているが、
夜になると誰も居なくなるので、その代わりに在所するという役目だ。
ボランティアではなく、仕事としてである。
精神修行になるかもと、喜んでお受けすることにした。

遠い被災地へ通われていたお坊さんもいた。
(そのお坊さんは一年後被災地へ引っ越されたそうな)
宗教者の覚悟を見た。
反面、色んな宗教者のネガティブな面も知ることになった。

水道もガスも無い山寺で、夜は登拝する人もいない、
とても歴史のある古いお寺である。
数年前に改装される前までは、屋根は朽ち、
雨になるとそこらじゅうで雨漏りとなり大変であった。
山の湧き水を利用しているのだが、
時折水が涸れることもあり、バケツで水を保管していた。

以前は、住職さんが住まわれていたらしい。
(夜、怖いものが現れるので、住まなくなったそうな)
静寂な雰囲気はあるが、
夜は風の音が意外と大きく、寂しい感じにはならない。

本業の宿題(企画やコンテ描き)をたまに持ち込むことはあるが、
夜になると何もすることはない。
(テレビはもちろん無い)
せっかくなので、宗教の勉強や、瞑想を学んだ。
最近では、iPhoneにアップした映画を出来るだけ見て、
あらためて映像の勉強をしている。

山寺に通うことで、こんな歳になっても、
まだ少しは成長したようにも思う。

昼は都会で仕事、
夜は山寺というコントラストのある生活が気に入って、
13年続いている。
今は少し減らして、月の1/3ぐらいの通いにしているが、
もう少しこのお勤めは続けたいと思っている。

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