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忘年会とサンタとマサラチャイの話
去年の話の続きです。
前の話はこれ。
それに気がついたのは、忘年会の宴もたけなわになった頃だったと思う。
壁際の席だったわたしが右隣のゆずねーに向かって何かを言った時に目の端にちらりと赤いものが映った。
アレ?というわたしの顔を見て、ゆずねーとモモ松さんが目顔でうなづく。
見間違いではないらしい。
わたしはもう一度、右側の、あっちの角の席をそっと見た。
そこの席には30代後半〜40代とおぼしきカップルさんが座っていた。
わたしたちよりかなり後に着席したことは覚えているけど、まあまあそれ以外は特別印象に残らないおふたりだったと思う。
なのに今、彼氏がサンタ帽をかぶっている。
めっちゃ印象に残る。
いっそ残りすぎると言ってもいい。
「いつから彼氏サンタになった?」
小声でたずねると、ゆずねーとモモ松さんが同じく小声で
「さっきだよ」
「おもむろに被ってプレゼント渡してた」
「え…プレゼント渡すためだけに被ったってこと?」
「いや、それなら渡し終わったら脱ぐでしょ」
「脱がないもん」
「脱がないね」
「気に入ってんだよ」
「気に入ってんだね」
わたしたちの会話を聞いてみちゃんとあゆみちゃんもこっそりそっちら方面を盗み見る。
「サンタじゃん」
「そうなんだよ」
急なサンタの出現にざわつくわたしたち。
そこはわたしが2ヶ月以上も前に予約の電話をして「ご予約は1ヶ月前から承っております」と言われ、ぴったり1ヶ月前に再度電話をしたという御茶ノ水のインド料理のお店だった。
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とてもとてもおしゃれで、頼んだ料理はどれもこれもあれもこれもおいしくて、さすが我が推しが来ているところは違う。
「さすが大倉さんだねえ」
「でしょーー!」
なぜか鼻高々になるわたくし。
予約時に「全員お揃いになってからのご案内となります」と念を押されたので、小心者揃いのわたしたちは、何がなんでも18時25分(予約時間が18時30分)には店の前に集合!時間厳守!とビビり倒していた。
それなのに運悪く東海道線の沿線火災があり、みちゃんが間に合いそうもないと言う。人一倍責任感の強いみちゃんのこと、それはそれは気を揉んでいるだろうと思ったがなんと途中からタクシーで来るという連絡が入った。
「タクシーで」
「カレーを食いに」
みちゃん……。
なんつっても沿線火災なんだから、みちゃんのせいじゃないんだから、これはお店の人に言えばわかってもらえるんじゃない?と鼻息荒くドアに向かったら、説明するより前にお店の方がどうぞどうぞと入れてくれたのだった。
「揃ってないんですけど…」
「あ、いーですよ〜」
……なんだいいんだとは思ったが、ここはきちんと時間厳守の立場をアピールしておかねば、とわたしが代表して「東海道線が沿線火災で停まっちゃってて、ひとりタクシーで今こっちに向かってます」と言ったのに、お店のひとは「沿線火災、それは大変ですね」とわりとさらりとしていた。
沿線火災なのに。
おおごとなのに。
東京のひとってこういうとこあるよね、あんまり動じない。
でもとりあえずみちゃんには入店できたから大丈夫と伝えて、わたしたちは先に始めていたのだった。
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「初めてタクシーで高速乗ったよ」
と、息を切らしてみちゃんが到着した時は、確かにあの人たちはいなかったと思う。
「タクシーで」
「高速使って」
「カレーを」
「年末調整ぶっ込んだ」
「年末調整を」
「ぶっ込んだ」
「セレブカレーや」
「セレブカレー」
わたしたちはみちゃんをねぎらい、やっと5人揃ってセレブカレーを食べた。
何を食べてもおいしいね、と言い合ってる頃にようやくサンタ帽に気がついたのだ。
〜〜以下の会話はすべて小声です〜〜
「あれはいいの?彼女的にアリなの?」
「いやそれが彼女じゃなさそうなのよ」
「え?どゆこと?」
「なんか、会社関係?取引先かな?敬語だったよ」
「え、つきあってないのにプレゼント渡したってこと?」
「うんサンタになって」
「サンタになって」
「帽子かぶって」
「メリークリスマス!言うてた」
「マジか」
「言ってた言ってた」
「彼女は?」
「えー、うそーすみません〜みたいな」
「脈ないじゃん」
「ほら、取引先だから。知らんけど」
「ん〜それでサンタ帽被られたら…ちょっとどうよ」
「てか、なんで脱がへんのよ」
「寒いんじゃない?」
「あの席?」
「そうだね、寒いんだわ」
「そうか、なら仕方ない」
〜〜小声終了〜〜
その後も、視界の端にちらちら赤いものが入るのをなるべく気にしないようにしつつ、忘年会はつつがなく終わりに近づき、わたしたちはマサラチャイを飲むことにした。
マサラチャイを5つ、とオーダーした時にお店のひとが「ではマサラチャイご準備いたします」と言ったのは時間がかかるからかな、とあまり気にしていなかった。
が、そのあとしばらくしてまた
「マサラチャイ、お作りしてもよろしいですか?」
と言われた時はさすがに???と思った。
いや、作ってくれよ頼んだんだし。
がしかし、そのあと。
お店のひとが「ではマサラチャイお作りします」と言って、テーブルのそばでステンレスのカップを左右に一つづつ持ち、高く上げた片方からもう片方に向かってジョボジョボ〜〜!と滝のように落とし始めた。
そしてそれを何度か繰り返す。
ジョボボボボ〜〜!
ジョボボボボボ〜〜!!
うひょー、すげぇーーー!
キャッキャキャッキャと喜ぶわたしたち。
見たことあるこーゆーの!
まさかこんなパフォーマンスがあるとは。
そりゃ何度も「マサラチャイご用意します」って言うわ。
そして1杯目が終わるとすぐ2杯目にとりかかるスタッフさん。
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「え、これを×5やるってこと?」
「なんというお手間を…」
「申し訳ないな」
そして2杯目が終わると、後ろに控えていたもう一人のスタッフさんがまた同じようにジョボボボボ〜。
「え、二人がかりで」
「まったくもってお手間をおかけしてしまって」
「ステンレスだからコレ熱いよねえ〜」
「熱いよー」
「大変だー」
と言いながらも動画を撮るわたし。
なのに。
マサラチャイジョボボを撮ろうすると方向的にどうしてもサンタ帽が入ってしまう。おまけにサンタ帽ときたらノリノリでこっちを見ていて、すげーなどと言っているのが聞こえる。
すげー、じゃねえんですよ、映っちまうじゃねえですか。
こっち向かないでほしい…という願いも届かず、わたしが撮った動画にはサンタがばっちり映ってしまっていてここで皆さんにお見せすることはできなくなってしまった。
ちぇっ、すごかったのにな。
「でもさぁ」
ゆずねーがこそこそとまた小声で言う。
「何?」
「ほら、そこ。二人目のスタッフさん、結構こぼしてた」
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ホントだ……。
ゆずねー、そういうとこ見逃さないよねホントにね。
わたしたちが帰る時もまだ彼はサンタのままだった。
そしてどう見ても雰囲気はお付き合いしてる感じでもなかった。
クリスマスの夜、彼氏でもない男が突然サンタ帽を被ってプレゼントを渡してくるってなかなかのドン引き案件だと思うけど、彼女の方はフツーにおすまししていた。
それを横目で見ながらわたしたちは店から出た。
「パートナー、またひとまわり小さくなったね」
「なっとらんわ」
「パートナー、前はもっと大きかったよ」
「前からこのサイズだわ」
「パートナー…
「もうパートナーの話はいい」
珉亭でたらふく中華を食べて、お芝居を見て、念願のカレー屋でみんなと会えて、2024年もたのしく〆ることができた。
2025年もまた楽しいことがたくさんありますように、と思った夜だった。
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パートナーについてはこちらでもゆずねーとあゆみちゃんがヤイヤイ言ってます。