横溝正史『本陣殺人事件』――エロ小説書き、本を読む#5

 ひょんなことから、ガチガチのR18小説を書き始めてしまったアマチュア小説書き。でもだからこそ、本を読まなくちゃ!
 というわけで、中断していた読書感想記事を再開することにしました。相変わらず無節操な行き当たりばったり読書、よろしければどうかお付き合いのほどを。
 過去の読書感想 →https://zsphere.hatenablog.com/


 実は大昔からずっと家に積読されていた本。おそらくは母親か、親戚の誰かの蔵書だったらしいものを今さら引っ張り出してきました。最近節約中で本を買うのを控える分、積読をよく崩しているので。
 これも「まだ読んでなかったのかよ」という有名作品ですが、まぁほら、私、ホラー苦手なのでね。どうしてもなかなか食指が動かなかったわけです。

 ところが読んでみて意外だったのは、作品の舞台や道具だてがおどろおどろしいわりに、文体がさっぱりとしていて読みやすく、なので思ったよりすらすら読めてしまうことでした。金田一耕助を始めとする一部の登場人物がアメリカ帰りだと説明されますが、作品の雰囲気も意外とそういう欧米的な合理主義っぽいサバサバしたところがあって、読む前に想像していた雰囲気と全然違ったんですね。へぇ、こうなのかと。
 まぁでも、この凄惨なお話で文体まで講談調のどろどろしたものだったら、胃にもたれ過ぎて読者を選んでしまうでしょうし、こういう感じで正解なんでしょうね。本作のシリーズが大ヒットして多くの読者を獲得したというのも分かる話だなと思いました。

 そしてまた、事件の組み立ても同様の構図があって、そこが読んでいてすごい新鮮で感嘆したところでした。
 本作、伏線の配し方がものすごく美しいな、という感想を持ったんですね。トリックそのものは実は学生時代に微ネタバレを踏んでて少し知ってたんですけど、トリックそのものよりも、それを見せる手際の鮮やかさにすっかり魅せられた感じでした。
 以下、ネタバレ全開で、どこに感嘆したのか書き散らしますので、未読の方はブラウザバックよろしくです。











 本作の密室トリック自体は、ワイヤーを使った機械的なトリックなわけです。作中でミステリマニアの事件関係者と金田一の会話でも少し出てきましたが、トリック単体としてはこの手のワイヤーを使った機械的トリックってちょっと評価としては低くなりやすい部分がある気がします。
 しかし、本作ではそれがかえって良い効果を上げてたな、と思うのです。

 琴の音色、琴柱、日本刀、意味深に突き立てられた鎌、などなど、いかにも不気味な道具立てが事件現場に散らされていて、そのおどろおどろしさに戦々恐々しながら読み進めるわけですけど、これらが解決編になった途端、工学的なギミックへと一変するという、見えていた景色が一転してガラっと変わる呼吸の見事さに一番感動したんですよ。
 そもそもこの『本陣殺人事件』自体、日本の閉鎖的で土俗的な農村、そして密室ものに向かない日本家屋で密室殺人ミステリを成立させたという、その全体の二面性自体が作品の意図を隠すミスリードになってるわけですよね。おどろおどろしい、過去の因縁や因習にいかにも関わっていそうなという印象が、この即物的で工学的なトリックを上手く隠している。

 特に私が本作の伏線で感心したのは水車の音でした。三本指の男の遺体を発見しにいく途中で水車が止まっていることがわざわざ描写されていて、一方事件があった時には水車の音が印象的に記されている。
 けど、日本の農村、因習渦巻く日本家屋という舞台設定のせいで、読者は知らず知らず水車の音を「雰囲気を出すための環境音」だと判断してしまうんですよね。たとえばそれが鹿威しの音とかと全然変わらないものだと思ってスルーしてしまう。
 ところが、水車って事は動力なんですよな。そもそも水車って工学的に動力を発生させるために存在している、それが事件が起こる時だけ動いているっていう、実はあからさまな伏線なんです。でも舞台設定のおどろおどろしさそのものがミスリードになって気づかない。そして解決編になった途端、そのミスリードのベールがぱっと取り払われる段取りが良いんですね。

 探偵金田一耕助という人も、なんかよくある推理小説の探偵役の気難しいイメージと全然違って、親しみやすく愛嬌もある明るい青年なのが初読の私にはけっこう新鮮で、それがこのおどろおどろしい事件のベールを剥ぐ役回りにぴったりだったのが印象的でした。
 まぁ、陰惨な事件をあっはっはっはと笑いながら説明する陽気さもそれはそれで「やべぇ人だな……」という感じもありましたが……w

 そんな感じで、正直思ってた以上に楽しめて、嬉しい誤算でした。
 黒猫亭事件もそうですが、作者がミステリトリックの分類とかマニアックな話を地の文でやってて、マニアが嬉々として自分の好きなことに邁進してるゆえのハッピーな感じが要所要所に横溢してて、それもこの題材舞台設定の陰惨なミステリのわりに読み味が明るい原因かもしれないですね。
 とりあえず、他の作品も読んでみようかなという気にさせられました。

 そんなところで。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?