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母親の癌を知った日

母親のガンがわかったのは、実は亡くなる2ヶ月前なんです。

私、看護師なのに気づいてあげられなかったんです、ガンになっていることに。

高齢で、腰椎圧迫骨折も繰り返していていつも「痛い」って言ってたけど、あれはガンから来る痛みだったのかもしれない。

看護師なのに気づいてあげられなかったことに、今もすごく申し訳ない気持ちです。

ガンに気づいたきっかけ

いつものように仕事が終わって、通い介護で実家に行きました。

トイレの前で、うずくまっている母。
「転んじゃった」
私に申し訳なさそうに言ってきました。

まったく動けないし、痛がり方がいつもより強かったので、迷った末に救急車を呼びました。

救急搬送、そして検査

母がレントゲンを撮ったあと、ドクターに呼ばれました。

「腰の骨折はないです。でも、肺にガンが多発してます」と。

思いもよらないことだったので、びっくり!

続けてドクターは、

「肝臓にも、胆嚢にも、ガンがあります。
原発巣は、わかりません。
余命は1〜2ヶ月だと思います。
高齢なので治療はありません。
入院させるか、自宅で看取るか考えてください。
とりあえず3日ほど入院にしますね」

あまりにも、突然で想像もしていなかったので、悲しいとかショックとかそういう感情を吹き飛ばして、フリーズ状態。

でも、瞬時に「自宅で看取る」と決断しました。

3日間入院して退院

退院の迎えに行った時、思ったより歩けなくなっていたことに、驚きました。

自宅で介護すると言ったけど、可能なのか?

不安がよぎります。

車で退院の迎えに行って乗せるときは、二人がかり。

帰宅した時は、私ひとりで車から降ろすこともできず、近所の人に助けてもらい。

「あっ、これは思ったより大変なことになるぞ」

と、そのときに自覚しました。

自宅で看取るということに、気持ちが先行していて、具体的にどう大変なのかっていうことが、わかっていませんでした。

あとは、たぶん、自分は看護師だから何とかなるだろうという思いがあったのかもしれません。

ワンオペでやるとなると、昼間はサービスを使っても、夜の時間はひとりで見なくちゃならない。

案の定、初日から排泄介助で根をあげそうでした。

ガン終末期の母の介護

がんの終末期の介護って、ある程度、先が見えている介護なんです。

余命告知されているし。
それはそれで、悲しいですが。

でも認知症の親を介護している人は、いつ終わるか想像がつかない介護ですよね。
先が見えづらい。

認知症の親の介護をしている方は、とても大変だなぁと思います。

でも、介護の辛さはは人によって違うから、比較はできないかもしれませんが。

退院した日の夕飯はお寿司

退院した日は、母の好物のお寿司を頼みました。

少ししか食べなかったけど、
「おいしい」って言ってくれました。

お寿司を食べたのは、これが最後になっちゃったけど。

退院した日に食べたお寿司、食べかけですw

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