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城山文庫の書棚から073『東京の生活史』岸政彦 編 筑摩書房 2021

東京に暮らす150人にその知人150人が聞き取りを行なった記録。ひとり1万字で150万字・二段組で1200ページの大著は、読み終えるのに2ヶ月半を要した。始まりは岸さんのふとしたつぶやきだった。
「東京の生活史、300人くらい聞きたい。」反響は大きく、2020年7月に募集をしたら480名近くの応募があったという。そこから絞り込み、150名の聞き手を選ぶ。聞き手が語り手を選び、研修後に聞き取りを行い、所定の文字数まで絞り込み編集する。この本は本というより、偶然と必然のあいだで存在している大都市・東京をめぐるプロジェクトそのものだ。
登場するのは老若男女、多様な国籍・性別の人々。東京の今を生きる人もいれば、かつて暮らした東京の思い出を語る人もいる。1万文字に凝縮されたエピソードはその人の人生すべてを語るものではないが、それでも濃密で興味深いものばかりだ。見ず知らずの普通の人たちの生活史がこんなに面白いとは、本書を手に取るまで思いもよらなかった。
研修の際、岸さんが聞き手に伝えたことはただひとつ。「私たちはどれくらい“積極的に受動的”になれるか?」聞き取りをするとき、できるだけ「何も聞こうとしない方がいい」という。人の話に耳を傾けるということの、実に深い奥義だと思う。