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城山文庫の書棚から100『文化の脱走兵』奈倉有里 講談社 2024
2025年の1冊目は、ロシア文学者・奈倉有里さんの第二弾エッセイ集。タイトルは20世紀ロシアの詩人エセーニンが脱走兵を称えた詩にヒントを得てつけられた。戦う勇気でなく、逃げる勇気を。ロシアとウクライナの戦争が始まって2年以上になる現代にこの本は上梓された。
仕事柄ロシアやウクライナの人々の生の声を届けてほしいという依頼が多いが、それは生半可なことではない。戦時下での発言は生命に関わるのだ。ゲームアプリの匿名性を利用してインタビューではなく市民の声に静かに耳を傾ける。奈倉さんはそこを巣穴と呼ぶ。
ロシアの映画監督ではタルコフスキーが好きだ。彼の映画『ストーカー』の冒頭に詩人である父親の詩が使用されている。「こうして 夏が過ぎた なにもなかったみたいに 陽だまりは 暖かいけど それだけじゃ足りない」彼女は大胆にも、詩人をヒグラシに喩える。
柏崎に家を買い移住する奈倉さん。新潟は大好きな雪が多いのと祖母が暮らした土地だから。何より一番の理由は「柏崎原発を人類の当事者として考えたい」から。「柏崎の狸になる」と題した巻末のエッセイには、彼女の静かで強い決意が込められている。