どれほど酷い飲んだくれだったか
こんにちは、244@ズッコケ断酒問答です。今日はこのテーマでお話しします。
正直生き恥でしかありません。ただ、断酒後の今だからこそ、ようやくつまびらかにできるというものです。
たとえば、こんな感じです・・・
まさにノリスケ
このあと、ノリスケはタクシーで帰宅したと思われます。
ちなみに生身の私はタクシーを捕まえることさえままならず、そこら辺の道端で倒れこんで寝ることなどしばしば・・・。
他にはこんなことも
ノリスケの例はまだかわいいものです。私の泥酔事例には、枚挙にいとまがありません。ええ、分かっています。
こんなの、何の自慢にもなりはしません。
なりはしませんが、後学として他山の石とすることはできます。こんな奴でも、今では真っ新なしらふ生活を毎日営んでいるんですよ。
通報されてもおかしくないことは多々ありました。
当然Apple IDとPASSはソラで言えましたが、毎回どこかに置いてきたiPhoneの電池残量を気にしながらびくびく捜索していました。
池袋にはクリアアサヒで酔っ払える酒場がありました(今は知りませんが、おそらく変わらずあるでしょう)。
私の自宅から真逆の方向に向かっていたことはよくありました。ヒントは折り返し運転です。
見つかったから良かったとまたその日の晩には飲んでます。
健康志向だったんですね。
これを思う飲んだくれの方は多いのではないでしょうか。
飲んだくれに飲む理由なんてありません。飲めさえすれば、理由は全て後付けです。
京成電鉄の遺失物取扱所が高砂駅にあるというのは衝撃でした(葛飾区民向け)。
なお、これらはほんの一例です。Twitter/Xのハッシュタグ #私のクソ泥酔懺悔録 をたどると、私の生き恥にぶち当たることができます。
こんな人間でも今では酒を一滴も飲まず、日々穏やかに暮らしているということだけはお伝えしたいと思います。
そもそも、そんなに酒に流されていたのは何故だったか?
毒親やACなど自身の幼少期に何らかのトラウマ的なものを抱え、そんな自分を少しでも解放したい、発散したい、忘れたいと酒を呷り続け、気づいたら酒まみれな日々・・・
そんなルーツをもつアルコール依存(以下アル依)の方は、Twitter/X界隈でも多くお見受けします。
アルコールとメンタルヘルスは二律背反的に隣り合わせな存在です(が、ここでは一旦割愛します)。
では、私はどうだったか。
単に酒を多く飲みまくってたら、気づけばアルコール依存になってただけよな。
大学生の頃、ESS(English Speaking Society)という文科系サークルに所属していました。わりと真面目に英語でスピーチやディスカッション、ディベートなどを英語で戦わせる・・・といったガチ系英語サークルです。
文科系でしたが、ガチ系な分?酒の消費も異常に多かった。しかも、インカレ団体だったため大学間交流も盛んで、当時(25~30年ほど前)は「一気コール」も大学ごとに存在し、各サークルの名物コールが数多くありました。
そこで、何かにつけて飲み会が起こると、とにかく一気で瓶ビールやウーロンハイ、レモンサワーが飛び交い、一気に空けまくっていたのです。当時の学生団体は異常に酒飲みで、私の二十歳前後も酒まみれでした。
これが(今思えば)非常に厄介だった割に、当時はお祭り気分で盛り上がったりしていたのです。
それはきっと、それまで暗黒だった男子高校時代の裏返し。それまでのダークな高校生活が私のアル依への発端だったかもしれません(高校時代も既に少々飲んでましたが・・・)。
学生時代から飲んだくれ。そのまま社会人になり、そこでも飲んだくれて20代を徒に消費、30代で煙草はやめても、酒だけは尚やめませんでした。
いわゆる飲んだくれの謳い文句「俺から酒を取ったら何が残る」ってやつです。
飲んだくれへの発端として学生時代を例に挙げましたが、「飲んだくれ社会人編」というのもあります。ただ話が冗長するので一旦ここまで。
ちなみに、前回投稿でも触れていますが煙草は31歳で一旦禁煙。しかし38歳から再喫煙・・・で、現在は卒煙。ニコチン依存のメカニズムについてもまたいずれお話しします。
つまり、私はただ飲みまくっていただけの飲んだくれ。
私のアル依への原因なんて「ただ酒を飲みすぎていたから」に過ぎません。メンタルも何もあったものではないのです・・・と思います。
どんな健全な人であっても、飲みすぎたら依存する。
ただそれだけのものだ・・・と辞めてから5年経った今、ようやく心から理解できます。
もちろん、どんな人にもそれまで様々な心的背景はあります。ただ「大酒を呷り続けていたら酒に依存する」という事実は厳然として残ります。
ただの酒好き酒飲みが大酒飲みになり、アル依に陥る・・・しかし、すぐにはならないのがアルコールの狡いところです。私の体感的には10数年かけて一丁上がりです。
まるで真綿で締めつけるかのように、アルコールは自らをじわじわ、ゆっくりと攻め続けます。オマケに酒類は合法だから誰も止めない。むしろそこらに酒瓶や缶は転がっていて、TVからはCMをガンガン流され「それそれ、酒よ飲め飲め」と一斉に煽りまくる。
だから、概して酒好きとアル依の区別さえつかないことも多くあります。実際にメディアでさえも、その誤謬が日本の泥酔文化に数多く横たわります(・・・がその話もするとまた逸れてしまうため、ここも割愛後日)。
高校時代にプレオープン、18歳で事実上の飲酒デビューをした私は、20代での飲み方は異常という他ありませんでした。
それは、飲んだくれ小説の金字塔「今夜、すべてのバーで」の一節にもありますが、まさにそんな感じです。
私たちは、毎日何かしら「やるべきこと」に追われて生きています。それでもなお、私は当時何よりも「飲むこと」を優先して生きていました。
とまあ、酒に飲んだと言うより飲まれていたとしか言えない私の泥酔人生の一部をかいつまむと、こんな恥部が顔を出します。
こんな人生に歯止めなんていつ効いたのでしょうね。
それが43歳の夏の終わりの頃だった訳ですが・・・それについてはまた別の機会にお伝えします。
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