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きみのおめめ うるうるのうるおい #29

鏡の前で5歳の娘が「んーま、んーま」と繰り返す。たまらず込み上げてくるむず痒い愛しさを、お揃いのリップの中におさめパチリとふたをする。

「おくちがカサカサする」と娘がいうので、子ども用のリップを買った。
ECサイトの画像を見せると、「じぶんで!」と私のスマートフォンを手に持ち、すい、すい、と指の先を滑らす。
しばらくソファで一緒に見ていると、「あっ、これがいい」と鮮やかなオレンジ色のパッケージを指差した。小さな爪が画面に当たって、カツリと音が鳴る。
「あっ、いいこと思いついちゃった」
ふふふ、とこちらを見つめる娘の話に「それってとっても素敵だね」と返し、お買い物かごの中身を″2″へと変更した。

自宅に届いたリップはずいぶん大きな袋に入っていた。茶色い紙袋を、これはもしかして、ともっいぶりながら娘に手渡す。
目と耳をつんと立て、「りっぷだよね!」と跳ねた娘は、勢いよく袋を裂いた。
弾みで転がり落ちた2つのオレンジ色をあわてて拾う。「落としちゃってごめんね」とすこしだけ気落ちした声に、大丈夫だよと返す。
ありがと、という言葉とともに、ひとつを私に手渡してくれた。

娘はソファに座り直し、パッケージをぴりぴりと丁寧に破く。つやつやの側面を手のひらでなでた。
ほう、とため息をついた娘は一度だけ胸の前できゅっと握り、先についたキャップに力を込めて、ポンと外した。

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にわのあさ
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