きみのおめめ 歯の定期検診 #26
「あーんしててねー」
反射で娘が「あー」と声を漏らす。
口に当たるライトが眩しいようで、きゅっと目を細めている。薄いゴム手袋をはめた歯科衛生士さんが、娘の口の端をニョン、と伸ばす。口の中に入れたミラーで、奥歯から順に角度を変えながら見ている。カチ、と器具が歯にあたる音がする。
3ヶ月に一度、歯の定期検診へ行っている。
娘が大人になったとき、健診を受けることが定着していたらいいなと3歳から行きはじめた。
はじめの1回は渋々診察台に登っていた娘も、今や診察台の機械的な動き、診療室という特別な場所でのうがい、優しい先生、そして何より頑張ったあとにもらえるおもちゃのため、スキップしながら通っている。
娘が行き始めてしばらくして、夫が虫歯の治療で同じ歯科へ通うこととなった。
歯を削られる、と悲しむ夫に、
「大丈夫だよ、はいしゃさんすぐ終わるからこわくないよ」
と励ましの言葉をかけるほど、慣れと余裕を見せた。
次はいーできるかなー、と歯科衛生士さんが娘にいう。ちいさく「いー」と聞こえた。
「そろそろ乳歯が生え変わっている子、まわりにいませんか?」
と歯科衛生士さんがこちらを見た。そういえばちらほら歯が抜けている子がいます、と答えながら、自分の母方の祖母の顔が浮かんだ。
「上の歯が抜けたら家の床下へ、下の歯は屋根へ、投げるんだよ。ねずみの歯ーと、かえとくれーって」
ふふふ、とシワを深くして笑う。強い永久歯が生えるためのおまじないだと聞いた。
流行りの病を理由に会う機会がめっきり減ってしまった祖母。いつだって電話をすると、私と娘に会いたいと言ってくれるおばあちゃん。
口をあんぐり開けて健診を受けている娘をぼんやりと見た。最後に会ったのはいつだろう。
歯の生え替わりが近いことを伝えて、娘におまじないの話をしてもらおう、と思った。
すべての処置が終わり、じょうずに磨けていますね、という言葉に娘がにんまりと笑う。
しばらくお待ちください、と言って出て行く歯科衛生士さんの背を見送る。娘がししし、と笑いながら、小声で「おもちゃ取りに行ってるのかな」という。そうだったらいいね、と返していると、たくさんのおもちゃが詰まったボックスを手に戻ってきてくださった。
どれがいいかな、と娘の前に宝の山が置かれる。
「わあ!ポケモンがある!」
と娘の瞳が大きくきらめき、ひとつのおもちゃを天に掲げた。
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