きみのおめめ ちくりと痛い #22
「娘ちゃん、前のやつも泣かなかったから大丈夫だよ」
病院までの道のり、お気に入りのぬいぐるみをぎゅっと抱えながら何度も繰り返した。
夫と私はその度に、おお、すごいねと目配せしながら返す。
自動ドアを開け、カウンターに駆け寄り背伸びして受付の方へ名前を伝えていた。追って私もフルネームを伝える。
「インフルエンザの予防接種ですね」
はい、と答えながら娘を見ると、壁に貼ってあるポスターをじっと見つめていた。
長椅子に座って、手渡された問診票へ名前、住所などを順に書いていく。
「はい、いいえ、はい」
丸をするたび娘は楽しそうに項目を読み上げた。
しばらくして名前を呼ばれ立ち上がる。
娘はずんずんと診察室まで向かい、カーテンを払い、「こんにちはあ」と先生にご挨拶をしたあと黒く丸い椅子に腰掛けた。慌てて私と夫も後に続く。
よろしくお願いします、と言い、娘ちゃんどっちの腕にする?と聞いたとたんに、はたと沈黙した。
夫が「娘ちゃん?」と名前を呼んだ。
「なんだか、えー、なんだか、娘ちゃんこわい気持ちになっちゃった」
何度目かの問いかけに、足をぷらぷらと動かしながら俯いていう。
「そうだよね、怖くなっちゃうよね」
ふふ、と笑う先生の顔を見ず、こくりと頷く。
「お母さんのお膝に座ってする?」
先生の問いにもう一度頷いたあと、私の顔をちらりと見上げた。
「娘ちゃん、ぜーんぜん痛くなかった」
待合室でお会計を待つ中、ふふん、とした顔で私と夫を見る。そうだね、泣かなかったしかっこよかったよ、というと満足気に足をぶらぶらと揺らす。私と夫は代わるがわる頭をなでる。
待合室の金魚はすいすいと水槽を泳いでいる。赤い金魚と黒い出目金の数を数え、上から横から、舐めるように見ていた娘は、それに飽きて夫の膝に登って座る。しばらくして、
「あっ、娘ちゃんいいこと思いついちゃった」
という。なあにと聞くと、
「がんばったから、帰りにジュース買って帰ろうかと思って」
という。そうだね、と答えた。
私が会計にたつ間、娘と夫はりんごジュースとオレンジジュース、どちらが良いかを真剣に相談していた。
帰り道、家の近所のコンビニに立ち寄りレジへ向かう。
娘はレジにいた顔見知りの店員さんにご挨拶をしたあと「インフルエンザの注射、頑張ったごほうびなんだよ」という。
へえ、よくがんばったね、痛くなかったの?と驚いてくれる店員さんに、
「うん!娘ちゃん、ぜんぜん泣かなかったんだよ」
と、誇らしげにりんごジュースを差し出した。