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暗闇で触れるもの

そのとき、私は自分の身体を探していた。

真っ暗な部屋は広いと分かっているのに、暗いせいでもしかしたら狭いのかもしれないと思わせる。
前方、大きな画面だけが明るく、私の手元や足元は何も見えない。

ロードムービーのような優しい映画を観ていた。

圧倒的な音はなく、終始見入るわけでもないと、ふとこちら側に意識が戻る瞬間があった。
とりとめのない会話が流れている途中、私は一度顔を下に向けた。

ずっと動かさなかった手足や、髪や顔が、本当にちゃんとあるのか不安になった。少し感覚が鈍くなっている。

牛乳をグラスに注ぐ音が響く。

その音に顔を上げると、右耳にかすかな感覚があった。少しくすぐったい。

静かに手を耳に持っていくと、丸みのある硬い感触。
小さな曲線は、体温で少し温かい。

イヤーカフ。

そういえば、右の耳にお気に入りのそれを付けてきたのだ。

私の日常が戻ってきたようで、それに耳の位置を把握したことで、私はすっかり安心して映画を観られるようになった。
見えないアクセサリーをなでながら。

そうしていると、動かす手の窮屈さが気になった。薬指だけが硬い。

リングを2つはめていた。

釦工場で作られた、つるりとした無機質なリングが2つ。
順番になでると心が落ち着いていく。

イヤーカフ、リング。

身体に繋がる装飾品に触れて、私は自分の身体を取り戻した。


#映画館の思い出

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