不登校問題
ルリナの不登校について、彼女の母親であるマナミから相談を受けた。
都会の学校に在籍していたときから不登校になっていたというルリナ。
昨年の10月にこの田舎町の学校に転校してきてからも、あいかわらず不登校が続いているという。
やはり、どうしても校門をくぐることができないらしい。
ルリナは メンタル面での特殊な問題を抱えていて、身近な親しい人以外とは話をすることができない。
クラスメイトとも会話することができず、教師ともなかなかコミュニケーションがとれないという。
学校に行きづらいのも無理はない。
それに加えて、その都会の学校にいたときは、ルリナは壮絶ないじめにも遭っていたらしい。
小学生のときから学校を休みがちだったが、中学生になってからはいじめもエスカレートしていて、ついに決定的な事件が起きたという。
同じ学年の生徒達から暴行を受けた という事件。
それでルリナの心は完全に壊れてしまったらしい。
それは 殴る・蹴る といった単純な暴力ではなくて、ルリナが人前で普通に声が出せないことを利用した巧妙な悪事だったそうだ。
普段は誰も立ち入らない体育館の奥にある備蓄用倉庫に、男子生徒達がルリナを引きずり込んで監禁し、集団で常軌を逸した酷い恥辱を与えていたという。
男子生徒に呼ばれてその蛮行を傍らで見ていた女子生徒達もいたらしいが、誰も止めようともせず面白がって最後まで笑っていたらしい。
ただし、この事件については、学校側も、加害者の保護者達も「関係したとされる生徒に事情聴取してみたけど事実確認がとれなかった」として、暴行の事実をいまだに認めようともしていないそうだ。
(そのことが、マナミとルリナにこの田舎町への移住を決意させる1つの要因にもなったらしい。)
こうした最悪の事柄も重なって、ルリナの不登校はさらに根深いものになったという経緯がある。
この田舎町の学校では、都会のときと同じようないじめや暴行はないだろうとは信じているが、それでもルリナはやはりもう学校に通うことができないらしい。
マナミは、ルリナをフリースクールや個別指導で学ばせることも考えたそうだが、どんな指導であっても教える相手が他人であるかぎり、ルリナは恐怖を感じてしまって受け入れられないという。
以前に不登校の子を対象にした教育機関の指導をむりやりにルリナに受けさせてみたら、極度のストレスからルリナが過呼吸になって痙攣や失神を引き起こしてしまい、救急搬送されたこともあったそうだ。
今では、教育機関からの家庭訪問でさえ、ルリナにとっては大きな脅威になってしまうという。
オンラインの学習などの方法もあるけれども、結果的にはそういうものもルリナには合わなかったらしい。
それでも、マナミは「ルリナに勉強させたい」と言う。
「高校へ進学できなくてもいいので、せめて義務教育で学ぶくらいの知識は身につけさせてやりたい…」とのこと。
「甚九郎さん、どうしたらいいでしょうか?」
マナミは、そんな深刻な質問を私に投げかけてきた。
「変人」の私にそんな質問をされても困ってしまうが、以下のような私なりの考えを正直に述べてやった。
ルリナを学校に無理に通わせるべきではないと思う。
学校は、ルリナにとって地獄と一緒。
それは理解してあげたほうがいい。
卒業については、心配しなくても大丈夫。
中学校までは不登校でも必ず卒業はできるし、留年する必要もない。
「義務教育」というのは、教育を受けさせる大人の側の義務であって、子供に向けた義務ではない。
進学のことだって、もう少し時間をかけて考えてもいいと思う。
不登校だって、その気になれば高校に行くことはできる。
それは 2017年に施行された教育機会確保法でも示されていて、権利はちゃんと保障されている。
勉強だって、焦らなくたっていい。
人間は誰でも学びたいと思ったときに、いつでも学べる。
ルリナだって、いずれ彼女自身で学びたいと思う時が来るだろう。
そのときから学び始めたって遅くはない。
今後の進路だって、ルリナ自身が進みたい道を選べばいい。
もし、ルリナが望んでくれるのなら、当面の勉強は私が教えたっていい。
残念ながら、私の大学時代の専攻は 教育学ではなくて 法学だったけれど、教える相手が私ならば、ルリナも恐怖心を持たなくても済むかもしれない。
もちろん、私もルリナと一緒に学び直しをすることになるわけだけど、これでも一応、昔は塾講師をしていたこともあるし、中学の勉強であれば 主要五教科ともなんとか頑張って対応できると思う。
そんな話をした。
これが正解なのかどうかは知らないが、少なくともマナミは私の考え方に賛同してくれた。
その後、マナミは家に帰ってからルリナにさっそく確認してみたところ、ルリナは「甚九郎さんから教わるなら、やってみる!」と二つ返事でOKしてくれたそうだ。
ということで、私がルリナを教えることになった。
平日は私も自分の仕事があるので、毎週末の土曜日にルリナに私の家に来てもらって一緒に勉強することになった。
私の家であれば、私も横で仕事のデスクワークを進めながらルリナの勉強を見ることも出来る。
マナミのアパートから私の家までは、田舎道を徒歩で20分ほどの距離。
それほど遠くもないし、今まで引きこもりがちだったルリナにとってもちょっとした運動にもなるだろうと思う。
私は、よけいなことを引き受けてしまったんだろうか。
だけど、これでいいのだ。
とりあえず自分ができることをやってみようと思う。