朝ラーのある未来

 新生活への緊張がほぐれ、新しいクラスの雰囲気に馴染み始めた四月下旬、茶農家の朝は早い。学校に向かう四時間も前に起こされて、ヨレヨレの麦わら帽子と青臭さが染み付いた軍手を手渡され、外に引っ張られる。

「おはよう」

 外で待ちかまえていた父ちゃんの挨拶を合図に、玄関先で立ち止まり、母ちゃんと爺ちゃんと、大人三人で深呼吸する。早く起きた朝、余裕をもち効率的に作業するのが、我が家の教訓だった。

 ボクは毎回したふりをして、こっそりと辺りを見回す。春を過ぎ夏を待つ青々とした茶畑は、川の両岸をもこもこと連なって、坂道にどこまでも覆いかぶさっている。今日はどこまでやるんだろうか。果てなく続く緑の蒲鉾に目を細めた。

 新茶の時期は、兎に角忙しない。父ちゃんも母ちゃんも爺ちゃんも、隣の治郎さんも、皆一丸となって忙しない。日が昇る前から摘み取りが始まり、お天道様と睨み合って、お茶の原型となる荒茶をつくる。しがない茶農家だから、業務用なハイテクな機械もなく(狭い道と傾斜の厳しい坂で物理的にも難しい)、畝を挟んで二人で刈り取り機を持ち、延々と続く茶畑を何往復としなければならない。

「手摘みでないだけましだ」
 父ちゃんの口癖だ。刈り取る部分だけ自動な重たい機械を持ち上げて、そう言い聞かせてる。ボクは進行方向とは逆に靡かせる回収袋が茶畑に引っかからないよう後ろからついて回る役だ。最初は楽だけれど、茶葉がだんだん溜まっていくと大変。一番初めに音を上げるのは決まってボクだった。箒の柄のような手足の爺ちゃんさえ機械を担いで歩き回っているのに。

「じゃあ、小屋に行ってな」
「……分かった。あとどれくらい?」
「もう少しだ」

 小屋には一面に敷かれた茶葉。先に母ちゃんが広げたのだ。大雑把な刈り取り機に茶葉を選別する能力はないから、手作業で太い枝や傷んだ葉を除く。外はシンとして涼しかったのに、ここは締め切っているからムンとしていて少し居心地が悪い。

 二時間くらいで一息つく。ボクの一銭にもならない手伝いはここまでだ。ボクはソワソワとして、父ちゃんの顔を窺う。

 仕事を終えるとたまに連れて行ってくれるところがあった。願いが通じたのか、父ちゃんが「行くぞ」とボクを車に押し込む。

 朝ラーというものを知っているだろうか。藤枝市発祥と言われ、その名の通り朝にラーメンを食べるということなのだけれど、普通に食べるだけではなくて、冷やしラーメンと温かいラーメンを二杯同時に食べるへんてこな風習だ。ボクはこの風習をとても気に入っている。朝からラーメンを食べても怒られない唯一の方法だからだ。

 少子高齢化や若者の地元離れの波は、ボクたちの村にもやってきていて、農業高校の生徒が勉強も兼ねて手伝いに来ることがあった。ボクはそれが好きではない。昼ごはんを振る舞うことが定番で、朝ラーを食べにいけないからだ。それに昼食時の質問コーナーで、大抵の生徒はしくじるからだ。

「不便じゃないんですか?」
 ある生徒が父ちゃんに聞いた。礼儀正しく物静かで、母ちゃんお気に入りの好青年だった。学校に行くにもゲームセンターに行くにも山を降らないといけないから、ボクは端の席で大きく頷いた。
「何が不便じゃ?」
けれど、父ちゃんは不機嫌丸出しで切り返す。不便と言われるのは、年寄り扱いされるより嫌らしい。
「車で行けば買い出しもできる。コンビニもある。どこが不便なんか」

 威圧的な言葉に学生さんは押し黙った。コンビニは車で四十分走らないとないけれど、父ちゃんには大したことではないらしい。
 歩いてコンビニに行って、好きなだけインターネットでゲームをして、ゲームセンターで友達と待ち合わせして……憧れはあるけれど、手間ひまかかることが、全て不便とは限らないのは確かだ。ただ、車を持っていないボクは不便であると声を大にしていいかもしれない。

「将来のために勉強しっかりせいよ」
 テストが近くなると、中卒を棚に上げて父ちゃんがボクに口煩く言うようになる。怒ると恐いから言わないけれど知っている。十五歳から大人顔負けに働いて、土地まで買って茶畑をつくったのも知っている。
「ちゃんとやってるから」
「ならいい。明日も早いからはよ寝ろ」
 将来という先のことに、ましてや、誰かの未来に思いを寄せることなんてまだまだ到底できないボクは、これがいいとか、あれがいいとか迷ってばかりだけれど、選ぶことのできる未来があるといい。未来で車が宙を浮いていても、自動化が進んで道路がベルトコンベアになっていても、何も変わらずに小さな石がたくさん転がるガタガタ道でもいいから、とりあえず朝ラーに行ける道があったらそれでいい。

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