#40 大好き。だから続けられる、上達する、稼げる
(2034字・この記事を読む所要時間:約5分 ※1分あたり400字で計算)
「お金儲けだけを目的とした学びは、大抵上手くいかない」と、コーヒー学校の先生が教えてくれた。
「全く、全くその通りです」とエスプレッソマシンで一生懸命スチームミルクを作りながら、大きく頷く私。
気がそれたせいか、仕上がったスチームミルクが硬すぎてエスプレッソ上に注ぐと即座固まってしまい、不格好なラテアートが出来上がってしまった。
先生は私の作品に一瞥し「ちょっと空気の入れ過ぎかな」と呟き、話を続けた。
「自分の授業を受けに来る生徒さんの中に、短期間で習得して、一日でも早く自分の店を持って稼ぎたいっていう人がいるけどさ、
そういう人程、すぐ失敗してやめていっちゃうんだよね」
先生の話を聞きながら、コーヒー豆を挽き、マシンにセットする。
粉の重さは14g。この場合の抽出時間は……えっと……
「抽出は25~30秒で。水量にも注意してね。
で、どこまで話したっけ……」
迷っていると、先生が心を読んだかのように答えを教えてくれた。
ーーそれにしても、なかなか落ち着いて練習させてくれない。
この方はコーヒーの話になると、なんて饒舌になるのだろう。
先生は、コーヒー業界で10年働いてきた。
最初の頃はスターバックスで修行を重ねた。
店舗での作法やコーヒーの勉強を一通りした後はスターバックスを辞め、様々なカフェを転々と渡り歩いたのだそう。
「1年のうちに5、6回転職したこともあったな。
なぜかって?自分が納得いく環境に出会いたかったからさ……」
と先生は言う。
しっくりくるまで、とことん突き進む。
それが先生の「コーヒー道」だ。
「自慢じゃないが、スチームミルク作りの練習で失敗した牛乳の量は、この部屋いっぱい埋まる自信がある。
更に、エスプレッソやドリップコーヒー作りの練習でダメにした豆の粉は、恐らく数トンにもなる」
(いやいや、思いっきり自慢しているし……)
抽出したエスプレッソをスプーンで数滴、手の背に垂らして啜り、味見をする。
……うん。
今回はなかなか良いのでは?
さて、もう一度スチームミルクにチャレンジだ。
牛乳の量は……
「牛乳は200gね。あ、多少誤差があっても全然大丈夫だから、肩の力抜いていこう」
ちょっとでも迷うと、すかさず先生が答えを言ってくる。
そして「チチチ……」と無事蒸気が牛乳に注入される音を確認し、話を続けた。
「コーヒーの道に入ってから、数えきれないほどのスランプを経験したよ。
同期みたいなきれいなラテアートが出来ず、ひたすらこもって猛特訓した時もあったな、あたらしいラテアートのデザインに挑戦したりとかもしたーーそろそろスチームを止めて……そうそう、優しくそっとね」
上手く仕上がると、スチームを止める際に牛乳からきれいな音がする。
無駄な空気がない、スッと引き締まる感じ。
それを聞けると、こっちもふぅっと一安心するのだ。
あとはこれを先ほど抽出したエスプレッソに注いで、ハートの形に整えていくだけ。
「コーヒー豆の焙煎を始めた時もそうだ。どれだけ多くの豆を無駄にしてきたか……でもそのおかげで、ようやく徐々にコツが掴めてきてね、今は自分で焙煎した豆を販売したりしているんだ」
スッとミルクピッチャーを上げ、ハートの「尻尾」を仕上げる。
ふむ……大枠は出てきたものの、形が若干傾いて歪んでいる。
牛乳を注ぐ際に手がぶれてしまったせいだ。
簡単なラテアートでも、最初は10杯分練習したうち、0.5杯分も成功すればもう上出来らしい。
「練習する、失敗する。そしてまた練習する。
上達の近道なんて、これしかないーー君が今やったそのラテアートだって、当時は数ヶ月練習してようやく要領が分かったものだ」
にこっと先生が笑う。
「だから、技術を急いで『お金』にしたがる人にコーヒーは向いていない。
その努力が結果として現れるのに、数年もかかるからさ」
「全く、全くその通りです」と、大きく頷く私。
「私は語学をやっていますが、この業界でも同じですね……『〇〇日でサクッと上達!』的なキャッチコピーをうたっている教材は大抵信頼してないです(笑)」
「要領よく習得する人もいるけどな」
「でもそういう人に限って、忘れも早いです。定着しないので」
「間違いない」
会話を交わしながら、3杯目のコーヒーを作る。
「コーヒーだけでなく、どの業界も同じだな……やっぱり地道に時間をかけるのが大事だね。
そして何よりも、その道を『好き』でいないとダメだ」
(「好き」か……)
思えば、私も言葉が、通訳・翻訳が大好きだ。
誰かに強いられて勉強したことなんかなかった。
「もっとよくなりたい」と心が熱くなっているうちに、自然と知識もスキルも身に付いたのだ。
だから、いつの間にかどんどん上達していた。
そして気付くと、もう10年近くもこの仕事をしてきた。
「じゃあ先生は、本当にコーヒーが大好きなんですね」
完成したラテアートをテーブルに出す。
「ははっ。
自分にはこれしか、コーヒーしかないからな!」
またにこっと先生が笑う。
そして、私の作ったラテアートを眺め、力強くグッと親指を立ててくれたのだった。
📚好きこそものの上手なれ
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