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着物が得意なドイツ人・着物が苦手な日本人、どっちもOK

3月からバイトをする事にした。そして昨日がその面接だった。そのバイトは茶道の関係を通じて頂いた話で、内容は就労支援施設のスタッフ。

心理カウンセラーを目指す身としても良い経験だと思ったので、雇用保険を受給している期間、経験の一つとしてやってみようという事で「是非!よろしくお願いします。」と返事した。

✳︎色々うまくいかない展開にヘコむ✳︎

しかし面接の約束の時間。神戸で起きた全国ニュースで報道される位の酷い人身事故の影響で、電車は遅れに遅れ、私は結局オーナーがその施設に居る間に到着する事が出来なかった。

到着後、「どうせ面接も形式的なものだし、オーナーとは茶道を通じて既に面識もある。って事で3月から週2回位、中古の着物の仕入れ販売や、着物を着てのカフェの運営を、施設を利用して社会復帰を目指す方と一緒にやっていくので手伝ってください」と、拍子抜けな展開で今日は終わった。

そんな感じで先輩への挨拶と施設を見て回ったのだけど、特にドイツ人の先輩の茶道への情熱が凄かった。その先輩は日本語も流暢。しかも最近準師範の免許を取ったそうで、カフェを仕切るだけでなく、茶道教室も主宰するらしい。す、凄い・・・。

✳︎なんとなく自分にOKを出せないのはなぜ?✳︎

実は私もだいぶ前に茶道の準師範の免許を取っていて、免許としては、誰かに教えることも許されている。けれど実は自分の中で茶道の優先順位があまり高くないので、時間やお金を茶道にかけるよりは、断然好きな中国語や心理学に時間をかけたくて、結果私の茶道は中途半端だし、着物も苦手で知識もない。

「外国語のまま茶道や着物を習って習得している先輩に比べて、日本人なのに茶道も着物も中途半端な私って・・」と、帰りの電車(これがまた遅れに遅れている)を待ちながら、なんとなく落ち込む私がいた。

✳︎復活!!✳︎

でもその夜、お風呂に入りながら考えた。あれっ?落ち込んでるけどこれ、私が好きなのは台湾なのと同じで、ドイツ人の先輩が好きなのが日本。ただ単純にそれだけの話だよね?

「好きこそ物の上手なれ」とも言うように、ドイツ人の先輩にとって着物とお茶は、好きだからこそホームグラウンドで、私には別の好きな物があり、お茶や着物以外の場所にホームグラウンドがある。そして私にとって、茶道や着物は、寧ろアウェイ。

台湾料理を全く作れない台湾人が居てもOKだし、ソーセージを作れないドイツ人が居ても全く問題ない。だから当然、着物を自分で着れない日本人が居てもOK。私が中国語や台湾語を習ったり、台湾料理をたまに作るのと同じで、先輩は日本語を話し、茶道や着物を着れる。ただそれだけの話。なんだ!そもそも私、別に落ち込む必要無かったんやん。

日本文化に疲れて落ち込んで、録画していた台湾ドラマ見ながら、山盛りの魯肉飯を食べて復活。多数派ではないかもしれないけど、別にそんな日本人な私が居ても面白いし、全然OKやん😆👍👍👍

✳︎思い至ったことは✳︎

人は人、私は私。
日本人なのに着物が苦手でも、準師範なのに茶道に情熱を持てなくても、別に自分を恥じなくて良い。それにもしかしたら今は興味が無くても、今後そのうち情熱が出てくるかもしれない。刻々と移り変わる今この瞬間に、わざわざ良し悪しをつける事自体意味がない。

日本人だけど、着物が苦手。
別に良いやん!
必要に応じて及第点レベルの勉強したら良いだけ。
自ら型にはまる必要もない。
自分らしく。
好きなら好きのままでいい。
好きになれないなら、好きになれないままでも良い。
恥じる必要は無い。
今の私にとって、着物も茶道もアウェイなんだから、最初は分からない事だらけでも全然OK。

まずは本来の目的、就労支援施設で働く事、今までと全く違う世界に触れる事で人として、カウンセラーとして、何か学びとれたらそれでいい。

時々、不安すぎて全科目100点を取りにいきたくなる時がある。

学生なら科目数も限られているから、気合次第でどうにかならなくもない。でも、大人になってからも同じやり方を続けていると、科目数は無限にあるので必ずどこかで潰れるし、全ての試合で勝とうとする事で、どうしても無理が出たり敵を作ったりしてしまう。だから社会人以降は勝てる試合を選びながら勝負に出るという「見極め」が必要になってくる。

だからこそ。今は誰かと比べて焦って自分を見失いたくない。だからまずはとりあえず、今は答えを焦って妥協して就職を急ぐより、焦らずゆっくり自分のペースで色々試して探り探り進んでみようと思っている。

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