脳から汗がダダ漏れする「動作トレーニングの評価軸」を考える
進捗度の沿った学習の機会
学問に片足を突っ込んで半生を送った人類の、誰しもが感じたことがあると思っているのだが、立ち位置に最適なモノをチョイスして学ばなければ、成長を促すことはできない。
難しすぎると進捗度が遅くなり、量をこなせないばかりか、やる気がベラボーに落ちる。
一方で、簡単すぎると回答数は多くなるのだが、脳への負荷が低くなることから、成長曲線が右肩上がりとはならず平行線を保ったままだ。
「こんなわかりきった事を、文字にするまでもない」と思うところだが、集団学習の中で各個人のレベルに合致した教材を提供するのは、現状の小中高システムでは難しいように思える。
誰もが同じ教育を受けられるコトは容易なのだが、もっと大事なのは進捗度に合致した学習の機会に恵まれることなのだろう。
当然に、教員ではないのでソレを改定しようなど1mmも思っていないのだが、ここのところ「トレーニングにおいても、同じようなことが考えられるなぁー」と感じている。
「メニュー提供」という至難の業
トレーニングも学問と同じように、冷や汗を流すような難しい種目から、涼しい顔でアッサリと取り組める初級クラスのモノまであり、そのカテゴライズはざっくばらん。
"オジー" や "オバー" に流行りの「ブリ・トレ」なんかやらせたら、背骨が「ポキッ」とポッキーのように二分化されかねない。
その一方で、アスリートのウォーミングアップでラジオ体操を取り入れたならば、「試合でベストを尽くせるかは微妙だよね」と素人でも想像がつくところだ。
「そのヒトに合ったもの」という巷に溢れる言葉は聞こえがいいのだが、実際のところは一筋縄ではいかない難易度の高い技だと思うところだ。
例えば、ウエイトトレーニングなんかはその難易度を測るコトは容易で、負荷をかける「重さ」の上げ下げで調節することができる。
動作トレーニングの評価軸は「変な汗」
基本的には、10kgのウエイトを上げることに成功したならば12.5kgと、少しづつ負荷を高め、ある地点で止まったならばそのラインをクリアできるように努力を続ければ良い。
とはいえ、「脳の再教育」と伝えられている『動作トレーニング』はそうはいかない。
なぜなら、負荷をかけている場所が異なるためだ。
通常トレーニングと聞けば負荷をかけている場所は「身体」となるため、カラダ全身から汗を垂れ流す。
一方で、動作トレーニングは【脳・中枢神経・末梢神経】の結束力(つながり)を高めることが目的のため、一番負荷が高いのは「脳」である。
そのため、汗をかく場所も「脳」に集中し、選手の多くは「今日は変な汗が出る」と声を漏らす。
汗の質が異なるのだ。
動作を覚えれば覚えるほど、その「変な汗」の量が少なくなり、結果的には考えなくても目的の動作を体現することが可能になる。
つまるところ、『変な汗の量』によって、その選手の進捗度具合がカテゴライズされ、「さらに負荷をかけて良いのか...。」「ソレとも、ステイなのか...。」の判断が可能になる。
とはいえ、そんなこと測ることができないので、その選手が目的な動作を正確に体現し、その後に「パフォーマンスが向上しているか」が鍵になると考えている。
もし、運動能力が上がっている様子が見えるのであれば、さらに負荷をかければ良いし、そうでなければ当然に「ステイ」となるだろう。
観察する眼が必要となるのは、間違いないと思うところだ。
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