円安とアベノミクス
(全裸不動産 全裸幡随院)
全体的に円安傾向が継続しています。米ドル/円相場は4月下旬に、1ドル=130円台をつけ、6月22日には遂に24年ぶりの高値更新となり、136円後半までドル高円安が進行しました。
緩和維持を決めた6月17日の日本銀行の政策決定会合後の記者会見で、黒田東彦総裁は「コロナ禍からの回復がまだ途上の経済を下押しするリスクがある」と述べました。少し前、黒田総裁は、円安は日本経済にとって必ずしも悪いわけではないと発言し、大規模金融緩和を維持する方針を変更しない旨を表明していました。その際、輸入物価の高騰につられた物価上昇について、家計は値上げを受け入れているの発言が批判を招き、発言撤回を余儀なくされことは記憶に新しいと思います。
一方、黒田総裁が以前就いていた古巣財務省の神田真人財務官は、急激な円安の動きへの憂慮を表明し、政府・日銀の急激な円安や物価上昇に対する考えの温度差が顕になる面も見えました。
米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は相次ぐ利上げを表明し、これに続く形で欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁も、今年の7月と9月に利上げする方針を明らかにして、7月1日に0.25%の利上げを行うことを決定しました。欧州中央銀行(ECB)は量的緩和を終了することになり、それから見ると、日銀の姿勢は孤高の観を見せています。
大規模金融緩和の継続をする日銀は、多くの中央銀行が金融緩和の解除をする中で、緩和策に固執するのか。それには、いくつかの理由があるのでしょう。ただでさえ弱っている実体経済に金利上昇は更なる悪影響を及ぼすとの危惧があり、なかなか量的・質的緩和策を解除できないという事情もあります。
長期金利が上昇すれば、日銀が保有する国債の評価額が下落し、国債の評価損が膨大な額に上ることになります(もっとも、評価損は、日銀がすべての保有国債を売却すれば発生しますが、償還時まで国債を保有し続ける限りは、損失は確定しませんし、仮に日本銀行が“債務超過”になる事態を招いたとしても、民間企業と違って、直ちにどうにかなるというものではありませんが、対外的信用は落ちることは必至でしょう)。
それを避けようと、日銀当座預金の法定準備率を引き上げて付利を不要にしたいところですが、そんなことをすれば金融機関の利用者にツケが回されるだけでしょうから、これもできません。急激な円安を抑えようと為替介入したところで、外貨準備には限界がありますから、国際的な協調体制でも取らない限りは日銀単独ではこれまた対処が難しい。
岸田文雄首相は、アベノミクスに歩調を合わせてきた黒田日銀総裁の方向性を軌道修正しようとしているかの動きを見せています。日銀の審議委員に金融緩和策に消極的な人物の指名が相次いでいるところ見れば、その意図が読み取れるというものです。それを勘ぐってか、安倍元首相が盛んにアベノミクスの否定は「悪夢」を招来すると岸田首相の方針を牽制する発言を続けています。
現在は、いくつかの不測事態も重なり、アベノミクスに対する否定的評価がメディアでも多く見られるようになりましたが、当初の見込みが大きく違ったことは確かながらも、全否定すべき政策であったかと言われれば、それはそれで極論のような気もします。
第二次安倍晋三内閣肝入りのいわゆる“アベノミクス”は、今のところ最終目標は未達成であり、そこに最近の急激な円安の動きや輸入物価の上昇等が重なり、これを以って“失敗”と見る向きもあります(結論づけるのは、まだ早いと思いますが)。データを見る限りでは、一定の成果を収めてもいました。
日経平均株価は、2008年のリーマン・ショック後の2009年3月10につけた終値7054円98銭が最安値ですが、2012年12月の第二次安倍政権以降の7年間で2.3倍となり、米ドル/円相場も75円54銭の超円高から円安方向に是正されました。
有効求人倍率は約2倍になり、雇用も約250万人増えました。女性の就業者も約200万人増え、企業の経常利益も約1.6倍になり、国や地方自治体の租税収入も約1.3倍増加。公的年金運用益も約60兆円、企業年金運用益も約30兆円増えました。外国人旅行者も約3倍に拡大し、その消費額も約4倍になりました。
もちろん雇用が増えたといっても、パートや派遣等の非正規雇用も増えているので手放しで評価できるわけではありませんが、それでも失業が続くよりは遥かにマシでしょう。また、インバウンド需要への過剰期待を招いたことが、結果としてコロナ禍での旅行・宿泊事業の劇的落ち込みを加速させることになったかもしれません。
ただ、いわゆる“就職氷河期世代”の状況改善を企図して公務員の中途採用枠の拡大を主唱したのは、第一次安倍政権であったことも想起すべきかもしれません。その人の政治的経済的立場によって”功“と”罪“をどう見なすか異なってきますが、厳しめに評価しても、一定程度いい面もあったと捉えるのがフェアな態度かもしれません。
アベノミクスの“三本の矢”とは、①大胆な金融緩和、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略からなりますが、これら三本の矢が予定通り放たれていたと言えるかは議論があるところかもしれません。当初の予定通り実行されたのは、①大胆な金融緩和だけで、②機動的な財政政策も、③民間投資を喚起する成長戦略も大して実行されませんでした。
労働者の実質賃金も下がり続け、当初のアベノミクスの恩恵にあずかれない労働者層の根本問題が未解決のままにされました。アベノミクス初年度のGDP増加率を見ると、アベノミクスの効果としての経済成長が確認されるものの、物価上昇率と実質賃金の増加率の上昇には時間差があるので、単年度の成長では、その果実にありつけることは期待できない。
日本経済が本格的な成長路線に突き進んでいれば、やがて労働者の実質賃金も上昇することになるとの期待が持てても、残念ながら、成長の萌芽が見えようとしていた矢先、消費税増税により頓挫することに。消費税を5%から8%にまで引き上げた結果、予想通り、家計消費が大幅に落ち込んでしまいました。日本経済における実質GDP成長率と家計消費の伸び率は強い相関があることは統計的に確認されており、この家計消費の落ち込みにより、実質GDP成長率が著しく低下しました。
以後、アベノミクス初年度の成長率の伸びが頓挫し、同時に②機動的な財政政策もうやむやにされるどころか、真逆の緊縮策が講じられたこともあって、アベノミクスの果実は雲散霧消してしまったというのが本当のところではないかなとも思われます。
いずれにせよ、今回の参議院選挙の結果いかんによっては、このアベノミクスに対する政権のスタンスが変わってくるのではないでしょうか?