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アッと驚くクライマックス「七色いんこ」の謎。

今回は代役専門の役者が主人公という異色作品
「七色いんこ」をご紹介いたします。

天才役者にして実は泥棒という奇天烈な設定もさることながら
実在する数々の演劇や映画がモデルになっている本作は
手塚治虫の趣味趣向が結集した作品となっております。
手塚治虫が世界のどういう名作に影響を受けてきたのか
本作を通して見ていきますのでぜひ最後までお付き合いください。



本作は1981年3月から「週刊少年チャンピオン」にて連載されました。

あらすじは
代役専門の舞台役者「七色いんこ」が主人公。
彼はどんな代役でも引き受けて見事に演じのけてしまう天才役者でした。
ところが裏の顔は観客から金品を盗む大泥棒でもありました。
しかし彼が泥棒ということを劇団や劇場関係者はみんな知っています。
…にも関わらず見逃しているのは、彼が代役をつとめた舞台は必ずといっていいほど大成功を収めるからでありました。

そんな「七色いんこ」が盗みを働くには訳があり
私利私欲のためにしているのではなくある大きな理由があったのです。
その秘密とは一体なんなのか。そして「七色いんこ」とは何者なのか
というのが本編の大枠であります。

本作は同誌で「ブラック・ジャック」の連載が79年4月に終了し、
間に「ドン・ドラキュラ」の短期連載を挟んでから、
満を持してスタートした作品であります。

本作のエピソード構成は、実在する演劇映画の内容がベースになっていて
数々の世界の名作を下敷きにしたストーリー展開が特徴です。
手塚先生は大の映画オタクであるとともに無類の演劇通でもあります。
幼少期から近くの宝塚歌劇に足しげく通い演劇に触れ
365日映画を見ていたというにわかに信じがたい伝説も残るほど映画通です。…というかド変態です。

そして手塚先生は漫画家になる以前の大学生の頃には演劇部に3年ほど在籍していた経歴がありその経験はマンガの創作にも存分に活かされていて、
ドストエフスキーの「罪と罰」、ゲーテの「ファウスト」など
その時の舞台経験を元に漫画化しているものもあります。

「ファウスト」に至っては生涯で三度も漫画化しているくらい大好きで
惚れこんだ作品への愛情の偏りがハンパじゃありません。


「七色いんこ」のあとがきにはこう記されています。

「ぼくが芝居を好きだからこそこうした漫画を描いているんだ、ということをわかっていただくために始めたのが「七色いんこ」なのです。」

…すごいですよね。
ボクの芝居好きを分かってくれ、と。
ネタじゃなくてマジで演劇好きなんだぞと。
それを知ってもらうために「七色いんこ」を始めたって…
そんなこと、わざわざ言わなくても手塚作品を読んでいる読者は気づいていますけどね(笑)

みんなド変態だって気づいているんですけど言いたいんですね。
この辺りが手塚治虫が手塚治虫たる所以です。

そんな芝居好きな手塚先生の守備範囲はめちゃくちゃ広く西洋から日本の古典まであらゆるジャンルに精通しそれらを見事に作品世界に落とし込んでいます。
作品によって異なりますが「七色いんこ」ではかなり脚色してありギャグテイストも結構入っていてポップで少年誌らしいアレンジになっています。

とはいえ連載の序盤から全体的に伏線要素もあって
終盤でそれらが解明されていくところは名作映画のような
構成を感じさせ作品世界にグイグイと引き込まれます。

主人公の「七色いんこ」には
金持ちから金を取って貧乏人には優しいという一面があったり
オヤジとの確執もあったり何やら暗い過去を秘めているという点が
ブラックジャックに通じるところがあったり
謎めいたキャラクター設定も魅力のひとつです。

当時の流行もののパロディも多くそのうちのひとつ
作中のヒロインである名物女刑事「千里万里子」のモデルは
上方女流漫才師の海原千里・万里と言われています。
美人だけどガサツ、似てるところあるんすかね(笑)
1977年にはコンビ解散しているので若い方は知らないと思いますが
個人名を聞いたら多くの人が聞いたことある人だと思います。
興味があれば調べてみてくださいね。

誰だか分かりますか?


さて、では実際に作中でどんな戯曲が使用されているのか
ざっくりですけど見ていきましょう。

まずは
●「ハムレット」
ウィリアム・シェイクスピアの超有名な世界的戯曲
手塚先生がまだ上京する前は宝塚の歌劇雑誌に寄稿しているくらい宝塚歌劇との縁が深かったので当然この演劇も何度も観て影響下にあったと推察できます。「七色いんこ」の第一話がこのエピソードなのですが「復讐劇」を持ってくる辺り全体の伏線として意図的なチョイスを感じさせてくれます。

●「ピーターパン」
ご存じディズニーでも有名なピーター・パンがネバーランドで冒険する物語
手塚先生の大大好物の題材ですね。

●「シラノ・ド・ベルジュラック」
エドモン・ロスタンの名作。これも大好きな作品です。
ブラックジャックのエピソードでも使用されているくらい本作はお気に入りの戯曲です。

●「R・U・R」
出ました。カレル・チャペック!
手塚治虫と言えばカレル・チャペックと言えるほど影響を受けた人物。
SFファンでは知らない者はいないほど歴史的にもかなり重要な文化財レベルの名作であります。
そしてこの「R・U・R」は多くの手塚作品にも影響を与えています。

●「ベニスの商人」
二発目のシェイクスピア。大好きですねウイリアム(笑)
この戯曲もお気に入りで漫画化もしております。

●「青い鳥」
メーテルリンクの世界的童話劇。日本人にはチルチルミチルと言った方が馴染み深いと思います。
ロボット自動車が無差別に人をはねて暴走するお話は非常に現代的で痺れます。

●「南総里見八犬伝」
はい、ご存じ滝沢馬琴の江戸時代文芸の代表作。日本の古典文学ともいえる名作であります。

このように有名戯曲をベースに手塚治虫の遊び心を入れて一つのエピソードが描かれている「七色いんこ」。
これらはほんの一部でまだまだ有名な作品が目白押しです。
モデルの名作を読んだことがない読者には原作に興味を持つキッカケにもなりますので原作を意識して読んでみるのも面白いかと思います。

そんなこれまでにない作品を楽しんで描いていた手塚先生でしたが
読者、周囲の反応はイマイチだったようです。

「実際に出版社の方への反響や手ごたえは悪くないのですが、ぼく個人のところへくる手紙には、これに関する意見というのがそれこそまったくない。本当にこれだけこない漫画というのもめずらしいですね。
こんなことははじめてです。よっぽど無視されているか、演劇というものに興味がないのか、それともなにがなんだかわからない話だと思われているのか、そのへんはみなさんにうかがってみたいですね。」(原文ママ)

手塚治虫公式サイト

このようにこれまでにないシカトを喰らっていることを明かしておられます。個人的感想ですが明らかに演劇に対する手塚先生と読者層との間に温度差がありますね(笑)
好きなのは分かりますけど演劇はそこまで一般的ではないので、それを漫画化となると中々に難しいかったのではないでしょうか。

それと原作ベースにすることで
手塚治虫が放つ強烈なオリジナルの魅力が薄れてしまったことが
あまり人気が出なかった要因なのではないかと思われます。
先生自身が楽しんで描いていた作品だけに残念ですね。

さて、最後に「七色いんこ」のオリジナル版ご紹介しておきます。

ファンには嬉しいこのシリーズ。未収録はもちろん全カラーページ・全扉絵・表紙絵・予告カットなどのレア素材を完全網羅しております。
嬉しいのは巻末に、
各エピソードに登場する演劇作品のガイドが付いていること。
これは本当にいいですね。
実際のモデルになった作品を参考に本編を読み込む。
これで各エピソードを2倍も3倍も楽しめること間違いありません。

ではでは
最後までご覧くださりありがとうございました。


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