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手塚治虫作品を時系列に読むと…。幕末からバブル崩壊まで

今回は手塚治虫が描いた「歴史の鎖」をご紹介いたします。

「歴史の鎖」とはなにか。
これは手塚先生のコメントによるもので

「陽だまりの樹」で幕末
「シュマリ」で明治初期
「一輝まんだら」で大正
「アドルフに告ぐ」で戦前
「奇子」で戦後
「ムウ」で沖縄返還という「歴史の鎖」を描いてきた。

とこれまで描いてきた一部の作品が
数珠つなぎに繋がっていることを告白されています。
1968年に青年誌への執筆を開始した以降
これまでのSFやファンタジーのような非現実な作風を封印し
目まぐるしく変わる時代の価値観と共に日本の世相を表す
現代ドラマをリアルに描いた社会派の作品が増えました。

その中には民族差別や近代日本最大のクーデター事件、はたまた
戦後最も不可解なミステリーと呼ばれた事件を取り扱うなど日本政治の闇にも片足突っ込んだ危ないネタもあります。
そこまでして
漫画界最大級のレジェンドが描こうとしていたものは何だったのか。

今回は各作品のコンセプトと共に
手塚先生が作品に込めたメッセージと
作品同士を繋ぎ接続されていく愉しみを感じて頂ければと思います。



まずは幕末の「陽だまりの樹」

幕末と言う日本の歴史上最大の変革期の中で青年2人を主人公とした大河ドラマでその一人が日本で初めて軍医となった人物「手塚良庵」
手塚先生のひいおじいちゃんのお話になっています。

単なるチャンバラ幕末ではなく
お医者さんから見た幕末群像劇なのですがこれが最高に面白い。
当時、幕府の正統医学は「漢方」だったので
西洋医学は「魔の医学」として恐れられていました。
医学も鎖国みたいなものだと捉えて貰えれば分かりやすいと思いますが
舶来のものが受け入れてもらえない土壌があったんです。
また西洋医学には蘭方医学禁止の布達が出ていたり
立場は圧倒的に低いものでした。

それでもオランダ医学を学んだお医者さんたちは、
日本の近代化と先進医療の必要性を痛感していて、
外来医学の普及活動を積極的に行っていくんです。
それでも幕府には認めてもらえないんですね。

そんなときに江戸にコレラが大流行し江戸の町中が大パニックになります。
幕府の正統医学である「漢方」では全く太刀打ちできず
そこで「魔の医学」と呼ばれていた西洋医学を学んだお医者さんたちが
未知との病気に対して果敢に立ち向かい
それこそ命がけで江戸市民たちを伝染病の恐怖から守りぬいていくんです。

そのうち、、
あれ?西洋医学ってすごくね?…ってなるんですけど
それでも幕府の汚職、賄賂、腐敗した慣習によって
西洋医学の希望が封殺されていきます。

それでも数々の困難を乗り越えついに「西洋医学所」をつくります。
これが後に明治新政府に引き継がれて
現在の東京大学医学部になるんですが、
これすごい話じゃないですか。
まさに近代医学の礎を築いた
わが国の医学史上特筆すべき功績であります。

そんな激動の時代に眩いばかりの輝きを放っていたお医者さんの群像劇
面白くないわけがありません。
「手塚流の幕末」マジで最高なので是非読んでみてください。

ちなみにタイトルの「陽だまりの樹」とは
シロアリ等の虫によって中身が腐って今にも朽ち果てる寸前の様を称して「陽だまりの樹」と呼ぶそうで、幕府の腐りきった内部の慣習と戦うお医者さんのストーリーとかけています。



続いて明治初期を描いた「シュマリ」

明治初期といえば何と言っても「文明開化」です。
これも幕末と地続きで日本が劇的に変化した時代です。
ちょっと前までサムライしてた奴らが政府によってその地位をはく奪されて
行き場所を失った輩どもが続々と北海道に渡り
これによりこれまでの平和を奪われた原住民のアイヌとの
内地の者との確執が生まれていくというお話であります、

そこに
明治政府の莫大な隠し財産が出てきたり土方歳三が出てきたり
時代のスピード感と共にネタがてんこ盛りの内容になっていて
目まぐるしく展開が切り替わります。

「シュマリ」には明確なストーリーがありそうでなく
終始頑固で武骨な生きざまを見せるシュマリの自由奔放さがメインで
途中からアイヌ問題も放ったらかしになります(笑)
これは手塚先生がアイヌ問題が非常にデリケートで
現地の方からご指摘を受けたためこれ以上は踏み込めないとして
ストーリーを変えたという経緯があって止む無しなのですが、
当初先生の中には壮大な構想があったようで
それらを披露できずに改編されたのは残念至極であります。

それでも過酷な北の大地で近代文明を拒んだ男の生きざま
時代に翻弄された武骨なまでのシュマリの物語はこの時代を生きた人たちの時代観を感じさせる見事な一作であるには間違いありません。




続く大正時代は「一輝まんだら」
これは手塚作品の中でもマイナー作でありますがかなりスゴイです。

タイトルに一輝とあるように「北一輝」のお話。
ご存じ日本最大のクーデター未遂「二・二六事件」の
首謀者と言われたあの「北一輝」の物語です。

かの三島由紀夫をして北一輝を
「天才的思想家」「日本的革命家の理想像」と絶賛するほど人物
その北一輝が1920年に書いた革命構想、
『日本改造法案大綱』
GHQも後の日本国憲法作成の際に七割近くを参考にしたといわれ
かなり時代を先取りするような思想を持っていた人物と言われております。
間違いなく近代日本の最も重要な思想家の一人でもある人物でしょう。

ですが最初の方はこの「北一輝」全く出てきません。

物語冒頭は1900年清王朝末期の中国が舞台で義和団の乱を中心に物語が進み日清戦争から義和団の乱を経て超カオスな清王朝の姿が描かれています。
この時期の清王朝のむちゃくちゃぶりも凄まじく
混迷する世界情勢の緊迫感が鮮烈に描かれています。

そしてこのあとようやく「北一輝」が登場、
いよいよ真打ち登場というところで、なんと未完
終わっちゃったんですよ。

ええ?

「北一輝」がこれから何かやらかす気満載のところで連載終了。
これは非常に残念。

天才革命家と呼ばれる一方で二・二六事件を煽動した狂信的なファシストとも呼ばれていた男の生涯を手塚治虫がどう描いたのか。
題材として取り上げるには非常に危険な人物をなぜ手塚治虫ほどの人物が描こうと思ったのか…。
これには手塚先生のコメントが何ひとつ残っていないので
測りかねますが、重ね重ね残念至極の一言に尽きます。
これはほんとにぽっかり空白が空いてしまった感ありますね。
手塚治虫が描く大正時代見たかったです。



続く戦前を描いた「アドルフに告ぐ」

舞台は1936年ドイツベルリン
ヒットラーがユダヤ人だったという極秘文書を軸に戦争へと向かう人間の大衆の極限の心理を描いた手塚治虫の最高傑作のひとつであります。

実際に戦争を経験した先生にとっての死生観がめちゃくちゃ出た作品で
戦争に巻き込まれていく人間の悲劇を痛烈に描いております。

非人道的な行為を「正義」の名の元に正当化させてしまう恐怖
それを取り扱う人間の怖さ、危うさ、脆さなど
とにかく人はかくも変わってしまうのかという精神変容の描写がすごい。
戦争や民族といった大きな渦に翻弄される群像劇はマジで面白い。

大多数が同じ方向を向いたときに生まれる熱狂
その大多数が集まり熱狂した正義それがナチスドイツ。
この恐ろしさです。

多数派が必ずしも正しいとは限らないというめちゃくちゃ分かりやすい典型例をこの作品では感じさせてくれます。
冒頭のベルリンオリンピックの熱狂がこれから起きる
悲劇にかけているのは深読みのし過ぎかも知れませんが
必ずしも多数派が正義ではないということを考えさせてくれる作品

凄すぎて上手くこの作品の凄さが説明できないので
ぜひ手に取って戦前の破滅へと向かう世界観を味わってみてください。
猛烈にスゴイ作品です



続いては戦後の日本を描いた「奇子」

戦後直後の1949年昭和24年の日本が舞台。
前年には東條英機ら7人がA級戦犯で処刑され
翌年には朝鮮戦争、レッドパージの嵐と未だ混迷が続く日本社会

敗戦によって強制的に価値観を塗り替えられていく占領下の閉塞感が
この作品の中心にあります。

同年には戦後最大の未解決ミステリーと呼ばれた「下山事件」が発生、その後、三鷹事件、松川事件と相次いでキナ臭い事件が乱発し
占領下における日本が直面していた混沌とした社会情勢を表しています

そんな「下山事件」を絡ませた物語がこの「奇子」
手塚作品の中でもとりわけドス黒くおぞましい作品であります。

東北の田舎に暮らす旧家の因習にとらわれた、ある一家の物語なのですが
家族間で禁断の肉体関係を持ったりそれに溺れ利用したり
抑えられない性欲が爆発していく様は
当時の抑圧された日本人の姿を映し出しているとも見えます。
そして欲望にまみれた大人たちの思惑の犠牲となって自由を奪われた可憐な少女「奇子」
その奇子に容赦なく群がる大人たちに純真無垢なエロスが交錯する破壊的な展開はトラウマ級の読後感を残します。

人間の本性、醜さ、グロさ、底なしの欲望に絡みつくエロス
混じりっけなしのドス暗いドラマは一見の価値ありです。
戦後の日本の裏の部分、闇の部分を表したと言える
間違いなく手塚治虫の傑作のひとつです。



最後は沖縄返還を描いた「MW」

本作はあまりにも「同性愛」やサイコパスな部分が際立って
「沖縄返還」と結びつかないかも知れませんがめっちゃ関係してきます。

ポイントは
1969年7月18日に沖縄県で起こったレッドハット作戦。
レッドハット作戦とは沖縄県の知花弾薬庫の「レッド・ハット・エリア」で
致死性のVXガスの放出事故が起きたことで
沖縄に毒ガス兵器が存在することが明るみになった事件です

レッド・ハットエリアで移送される弾薬

人類が作った化学物質の中で最も毒性の強い物質の一つといわれるVXガス
ガスマスクだけでは防護できない極めて危険な化学兵器。

それが…

漏れたんです。


そして米軍がその毒ガス貯蔵を正式に認めた事件なのです。
報告書によると
13種の神経性・びらん性ガス弾約29万発。
100キロのサリンを内蔵するMC1型爆弾が3千発以上、
4・5キロのVXガスをまき散らす地雷1万3千個
の化学兵器も含まれていたそうです。

そして「欠陥品」に分類されていた約2万9千発のロケット弾には、
約8万5千キロのサリンとVXガスが搭載されていたようで
いかにこの出来事が
危険極まりない凄まじい事件であったかが分かるかと思います。

…っていうか舐めてます。
完全に舐められています。
他国の土地だからってやっていいことと悪いことありますし
やはり米国は日本を属国の一部としか見てないのでしょう。
本土にいてはあまり知られていないこの凄まじい事件。
当時、沖縄に居た知人の話では連日、米軍の規制線があったり
学校が休校になったりと沖縄県を震撼とさせる事件だったそうです。

隠蔽された米軍・知花弾薬庫 (嘉手納弾薬庫) の毒ガス事故


こんな舐め腐った実際の事件をモデルとして
手塚先生が描いたのが「MW」
凄まじい事件でありながら沖縄県民以外はあまり知られていない実情
本土における沖縄の立ち位置、歴史認識の軽薄さなど
日本人が沖縄に目を向けるための
問題提起のひとつとして手塚先生は「MW」を描きました。

あまりにも同性愛描写が凄すぎて沖縄問題が霞んでしまっていますが
占領下にあった沖縄の人々の苦しみ、そして今なお大国の思惑や
国内の政治情勢に翻弄され続けている現状を憂い
今から48年前に手塚先生が描いた作品。
まだ見られていない方はぜひ読んでみてください。



…というわけで一連の流れみて参りましたが如何でしたでしょうか。

時代の流れを知ることでより鮮明にそこに生きる人々や社会背景などを
感じることができ作品への没入感が高まったのではないでしょうか。

この作品だけに留まらず
「ばるぼら」「人間昆虫記」で1970年台の高度経済成長期を題材にしたり
晩年の「グリンゴ」では経済成長を成し遂げた日本は何を手にしたかというドラマを描いております。

奇しくも「グリンゴ」制作途中に手塚先生は絶命し
このメッセージが偶然か必然かそれは分かりませんが
日本はバブル崩壊を迎えています。


少年誌ではSFやファンタジーものが主流でしたが
青年漫画では実際の時代背景を結び付けて描いたものが多く
よりリアルに作品世界を浮き彫りにしていました。
ご存じない方にとっては手塚治虫の新たな一面、
よりディープな手塚ワールドを愉しむことができるかと思いますので是非参考にしていただければと思います。

では!


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