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ミニマルかつ万人向けの傑作。「コーダ あいのうた」
結局、無駄を削ぎ落としたものが名作と呼ばれるのかも。
早起きして観に行った甲斐があった。
STORY:
豊かな自然に恵まれた海の町で暮らす高校生のルビーは、両親と兄の4人家族の中で一人だけ耳が聞こえる。
陽気で優しい家族のために、ルビーは幼い頃から“通訳”となり、家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。
新学期、秘かに憧れるクラスメイトのマイルズと同じ合唱クラブを選択するルビー。
すると、顧問の先生がルビーの歌の才能に気づき、都会の名門音楽大学の受験を強く勧める。
だが、ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられず、家業の方が大事だと大反対。
悩んだルビーは夢よりも家族の助けを続けることを選ぶと決めるが、思いがけない方法で娘の才能に気づいた父は、意外な決意をし・・・。
シンプルな設定とストーリーが心を揺さぶる
ストーリーは公式サイトから引用したものですが、結局「家族の中で唯一耳の聞こえる少女が、夢を追って葛藤する」話である。
こういうと元も子もないんですが、結局こういうシンプルなストーリーを2時間切る尺で提供してくれる作品が一番観やすいんじゃないかな。
正直、どの部分を摘んでもどこかで観た設定ではあるんですよ。
障がいを持っていない健常者にもスポットを当てるつくりは「ワンダー 君は太陽」(2018)を彷彿とさせるし、若者が街から都会に旅立っていく音楽映画という点では「シング・ストリート 未来へのうた」(2016)っぽい。
でも、色んな要素を掛け合わせればまだまだこんな面白い話が作れるんですね。
映画の可能性って無限なんだなぁ…と謎に壮大なことを考えてしまいました。
この作品、2015年に作られたフランス映画のリメイクらしく。
原典は観ていないのですが、ざっとあらすじを見たところ下ネタ要素を削っているところ以外は結構忠実なのかな。
原作のストーリーもよくできているんだろうし、おそらくチューンナップも上手く機能しているんでしょう。
素直で観やすい作品だなーと思いました。
どのキャラクターも立っているけど、再注目はこの人
こういった人間ドラマに絶対に必要になってくるのが魅力的な登場人物です。
この作品はそこも過不足なく揃っている。
主役のルビーは、照れ屋で自分に自信がないといういかにもなティーンエイジャー。
でも、たった一人の健常者としてこれまで家族を支えてきたしっかり者でもある。この二面性が魅力的で。
ある意味これまで家族に頼ることなく生きてきたわけですが、そんな彼女が最後に歌を家族に届ける姿は感涙モノです。
というか、シンプルに歌上手いですよねえ。
演じたエミリア・ジョーンズには演技含め、表現力の高さに驚かされました。
歌の練習、手話の練習、漁の手捌き…撮影前の彼女は劇中のルビーより大変だったんじゃないだろうか。
彼女を囲む家族の面々も良いです。
優しいけどちょっと子離れできていない母親、明るいけど少し自分勝手な父親、いつでも妹の味方だけど複雑な感情を抱くこともある兄。
聾唖者の悲しみや生活の苦しさを感じさせつつも、仲良く幸せに生きている。
父親と母親のラブラブっぷりも、家庭環境を悲惨過ぎないように見せるエッセンスになっていて良かったです。
ルビーが想いを寄せるマイルズも…って調べてたら、この人さっき話題に出した「シング・ストリート 未来へのうた」(2016)で主役を演じていたフェルディア・ウォルシュ=ピーロじゃないか。
思ってもいない再会だったけど、イケメンに成長しましたね。相変わらず歌上手い。
いつも仲の良いルビーの家族に憧れがあるという設定が良かったですね。
途中、マイルズがルビーの両親のセックスを見てしまいそれを友達の一人にバラしてしまうシーンがありますが僕は仕方ないと思いました。
同じ状況なら、僕も親友には言っちゃう。だって「ぶっ飛んだ経験」(映画からそのまま引用)だもん。
キャスト陣の中で僕が最も輝いていたと思うのが、合唱クラブの顧問であるベルナド・ヴィラロボスを演じたエウヘニオ・デルベスです。
初めて見た俳優さんなんですが、見た目のクセといい演技といい、全部ツボでした。
クセがあるけど熱くて効果的な指導をするところが魅力的だし、最後の最後はいいとこ持っていきます。
2つの演出で映画を全てまとめるスゴさ
全編通して演出は冴えているんですが、この作品のキモになる演出は後半に集中しています。
まずは、高校主催のコンサートが完全に無音になるシーン。
この作品はここに至るまで健常者であるルビーの目線で話が進んでいたわけですが、ここでグッとルビーの家族たちに感情移入をさせられます。
このシーン、僕は正直観た時ゾッとしました。
この素晴らしい歌声、会場の盛り上がりがまったく伝わらない世界。
想像をしながら見ていたつもりだったけど、自分の想像力の甘さを痛感しました。
そして、ここと対極になるのがラスト付近。
ルビーが音大のオーディションを受けるシーンです。
ここで、ルビーは途中から手話を交えて歌い始めます。
正直、手話を交えて歌うシーンは絶対あると思っていました。ただ、僕はそれが高校のコンサートシーンだと勝手に思っていたんですね。
でも、作り手は遥かに僕の想像を上回っていて。
無音のシーンを挟んだことで、ここがよりグッとくるシーンに仕上がっています。
いい意味で、あまり感想の必要ない映画
これいうとまるでレビューを放棄してるみたいなんですけども。笑
この作品は万人にわかりやすく仕上がっているので、解説や考察といったものが限りなく不要なんですよね。
近年の映画作品がどうしても”深く狭く”(シリーズ作品やリメイク、既存ファン狙いの作品の多さ)になっていく中、こういう間口の広い作品で尚且つ質が高いものは貴重です。
是非たくさんの人に観てほしい。