僕と家庭教師の不思議な関係~後編~
時は2005年。
当時15歳の僕は、様々な事情からイケメン家庭教師の家に通うようになり。
そして、ある日彼のセフレである女の子と出くわしてしまった。
こちらの記事の続きとなります。
その日から、僕と先生と彼女の奇妙な毎日が始まった。
明るめの茶髪と大きな黒目が印象的な彼女は、ギャルっぽい性格で。僕とも案外すぐ打ち解けた。
話を聞くと、なんと彼女は教職を取っているらしく。
授業を時々手伝ってくれるようになった。
僕は先生に数学、彼女に英語の教えを乞うようになっていった。
英語の授業にも最初は付き合っていた先生だったが、
「見てるの飽きた!」
と言い出して英語の授業の時は外に行くことが増えた。
しかし、二人きりになるとなんとも気まずい。
何せ、彼女が先生に抱かれているわけだから。
というか、抱かれているところ僕が直接見ているわけだから。
複雑な気持ちである。
授業の休憩中、僕は彼女に質問した。
「先生とは何で出会ったんですか?」
僕が聞くと、彼女はニヤッとした。
「私みたいな可愛い子が普段どこにいるのか興味ある?」
「いや、単純に気になって」
僕がそっけなく返すと彼女はつまんな、と悪態をついた。
「海。ナンパされたの」
ナンパかよ。
そういえば、授業の時に「明日は友達と海行ってナンパするぞー!」って言ってた時があったな。
さすがイケメン。一打席しか知らないけど打率10割だ。
「そうだったんですね」
「うん」
「先生のこと、好きなんですか?」
「…うん」
さっきまでとはうって変わって、純情さ全開の回答だった。
僕から見ても、これが恋している女の子の顔なんだなぁとわかるくらいだ。
「”付き合って”って、言わないんですか?」
「言えるわけないじゃん」
「…なんでですか?」
「あいつ、モテるから。
私が付き合いたいなんて言い始めたら、関係切られちゃうよ」
彼女の言いたいことはわかる。
でも、彼女には見えてないけど僕が知っていることもあった。
「もう僕は数ヶ月先生の家に通ってますけど。
先生が紹介してくれた女の子はひとりだけですよ」
「…そうなんだ」
彼女は、ちょっと嬉しそうだった。
ガキだった僕は、偉そうに続けた。
「先生みたいにイケメンなのに子供みたいで、優しい人って多分滅多にいないですよ。告白しないの、きっと勿体ないです」
そういうと、彼女は悪戯っぽく微笑んで言った。
「うるさい、ガキのくせに」
…ごめんなさい。
授業の合間、時々3人で出かけた。
ダーツにいったり、ビリヤードに行ったり。
カラオケも行ったなぁ。
よくよく考えたら、よく僕みたいなガキを連れて行ってくれまもんである。きっと二人でデートしたかっただろう。
でも、お陰で僕はとても楽しい時間を過ごさせてもらった。
それから、ゆったりと時は流れて。
数ヶ月後、彼女が先生の家に来ることはなくなった。
理由を聞いても、先生ははっきりとは答えてくれなかった。
「ちょっとね」
僕のような子供に教える理由じゃないんだろう。
そう自分を納得させた。
僕はその後、2年間先生の授業を受けた。
最後の授業は少し寂しかったけど、男同士の別れなんて淡白なものだ。
それに、別に一生の別れでもない。
先生は大学を卒業し、就職のために上京した。
僕は高校2年生になっていた。
「よお、元気?」
そんな電話がかかってきたのは、先生と別れた日から6年後。
僕が社会人になったばかりの頃だった。
「お久しぶりです。元気ですよ」
「声変わったなあ。お前、大人になったね」
「どうしたんですか?急に」
それから、色々話した。
先生は新卒で入った会社でヘッドハンティングされ、転職したこと。
転職した会社が超大企業であること。
僕は大学でドラマや映画を作りたいという夢を持ったこと。
CMの制作会社に入ったこと。
今は僕も東京にいること。
そして。
「そういや、俺結婚すんのよ」
へえ。
「おめでとうございます。
どこで出会った人なんですか?」
「駅で財布拾ってくれた人でさ。
ドラマチックでしょ?」
出た。イケメンの為せる技。
「ところでさ。
映像の仕事してるなら、結婚式ビデオ作ってくれない?」
「素人レベルで良ければいいですよ」
「よっしゃ。これで式の予算が浮くぜ」
この人は相変わらず僕の一家をうまく使うなぁ。
そんなことをふと思った。
「次の土曜日、うちに来てくれよ。
素材を提供するわ」
こうして、僕は先生と6年振りの再会を果たすことになった。
先生の新居は、東京の隣県にあった。
指定された住所があるのは、閑静な住宅地。
思っているよりも立派な一軒家だった。
20代後半で結婚、持ち家か。
随分遠くへ行ってしまったなあ。
そんなことを思いながら、僕はインターホンを鳴らす。
間もなく、家から見覚えのある男性が現れた。
「よお。…痩せたな、お前」
先生はちょっと太ったようだ。
ヒゲも少し生えて、貫禄が出てきている。
とはいえ、まだイケメンの気配はかなり色濃く残っている。
「お久しぶりです。先生はちょっとたるみましたね」
「うるさいよ、お前。
まあ上がれよ」
お言葉に甘えて。
僕は玄関に歩を進めた。
「そういえば、奥さんはいるんですか?」
靴を揃えながら僕は聞いた。
「おうよ。中にいる」
まあ、土日だもんな。
「挨拶した方がいいですね」
「まあ、そうだね」
なんだ、まあって。
先生の後ろについて、僕はリビングに向かった。
「久しぶり!」
そこには、先生以上に久しぶりに会う人がいた。
髪の毛は黒くなっているけど、暗目がちな瞳は変わっていない。
驚きで目を点にした僕を見て、先生が爆笑した。
「ごめんな、隠してて」
6年前、辛くなった彼女は想いを伝えることなく先生の側を離れた。
そして、その3年後に偶然の再会を果たすことになったそうだ。
なんと、先生が駅で落とした財布を彼女が拾ったのだ。
財布を拾ってくれたことをきっかけに交際に至ったのは本当だったらしい。
「すごいな。奇跡じゃないですか」
僕が言うと、先生が笑みを深くした。
「そうなんだよ。マジで奇跡。
今じゃラブラブよ」
「ちょっと、やめてよ」
惚気る先生とその様子を見る彼女は、本当に幸せそうだった。
しばらく話をした後、先生がトイレに行くために席を外した。
僕は、彼女と二人きりになった。
「良かったですね、想いが通じて」
僕がそう話しかけると、彼女はこちらを見て言った。
「こうなったのは、多分oilくんのおかげ」
え、私何もしてないですよ。
僕が目でそう言ったのがわかったのか、彼女はクスッと笑った。
「財布の持ち主がアイツだってわかった時、oilくんに言われたこと思い出したの。
『告白しないの、勿体ないです』って。
その時のこと思い出して。
財布を拾ったの、きっと運命だって思った。
だから、今の私がいるのはoilくんのおかげ。
ありがとう」
「…どういたしまして。
こちらこそ、ありがとうございます」
心から、本当にそう思った。
自分の何気ない一言が奇跡的なタイミングと結びついて、知り合い二人を幸せにした。
そのことが、僕には本当に嬉しかった。
「あー、いっぱい出たわ。
よし、なんか美味いもんでも食いに行こうぜ」
トイレからイケメンが帰還した。
あの頃と全く変わらず、顔のわりに下品である。
「そうですね。何かうまいもん奢ってください」
「当たり前だろ。お前ちゃんと映像を作れよ」
「任せてくださいよ」
知り合い二人の結婚式映像を作れるのだ。
こんなに嬉しいことはない。
「良いの作ります、絶対に」
胸を張ってそういうと、彼女が微笑んだ。
「よろしくね」
色んな事情を考慮してちょっと脚色した部分はあるけど、この話はほとんど実話だ。
世の中には、奇跡なんて数え切れないぐらい転がっているのかもしれない。