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【短編小説風】ミニマリスト

最近、ミニマリストという言葉を知った。

大量生産・大量消費の現代社会において、必要最低限なものだけを揃えるライフスタイルを送る人を指す言葉。
自分が所有する物を厳選することで、生活が豊かになるという。

試しに、部屋にある余計なものを捨ててみた。
狭いと感じていた部屋にゆとりのある空間が生まれ、景観が美しくなった。

こうなると、今度はクローゼットの中も気になってくる。
社会人となると土日しか私服を着る機会はないし、ある程度数を残せば充分だろう。

そう考えた僕は、余計な服を全て捨てた。
こうして、家の中はかなり綺麗になった。

そうなってくると、今度気になるのは自分自身のことだった。
いつもややこしいしがらみに囚われて、本質が見えていない気がする。
ミニマリストは、自分が所有する物を厳選して生活を豊かにしなければいけないのだ。

僕は、スマホのアドレス帳を開いて余計な連絡先を削除した。
こうやって取捨選択をしていくと、思った以上に残す人がいないことに驚く。
これまで、なんと希薄な人間関係を築いてきたのか。

アドレス帳には、数人の親しい友人と恋人、そして両親だけが残った。
これ以外の連絡先なんて、飾りみたいなものだ。
ミニマリストを目指すことで、そのことに気付くことができた。

飾りといえば、スマホに入っているアプリにも使っていないものがたくさんある。
ほとんど惰性でアップデートしているだけだ。

必要だと判断したもの以外は削除しよう。
数年開いていないゲームやSNSを削除していく。
必要最低限のアプリしか残されていないスマホ画面を見ると、心が豊かになった気がした。

ふと、見慣れた緑のアイコンが目に入った。
…LINEは必要だろうか。
これまで考えもしなかったことが頭を過ぎる。

重要だったり、急を要する連絡は必ず電話で来る。
ここ最近LINEで確認するのは広告やクーポンばかりだ。

思い切って、LINEも削除してみた。
スマホのホーム画面から見慣れた緑のアイコンが消えると、更に自分が晴れやかな気持ちになるのを感じた。

しがらみを断ち切るのは、こんなにも気持ちが良いのか。これまで感じたことのない快感がそこにはあった。

ふと、スッキリしたスマートフォンのアドレス帳に目を向けた。
残されているのは、親友、恋人、両親。

これらの人々は、本当に僕にとって必要なんだろうか。
改めて考えてみることにした。

親しい友達は何人かいる。
高校のグループや大学のサークルが同じだった奴らだ。
でも、彼らの中に僕が一番の親友であると言ってくれる人は何人いるだろうか。

正直、いないだろうという確信があった。
僕は、何人かいる親友の中の一人でしかない。
彼らは僕がいなくても生きていけるし、逆も然りである。
彼らと仲良くはしていても、頼ったり頼られた記憶はない。

恋人にとってはどうだろうか。
きっと僕は、過去に交際した人の中で一番素敵な人ではない気がする。
見た目も性格も稼ぎも普通だ。飛び抜けたものがない。
彼女にとっても、僕はいない方が良いのかもしれない。
それに、僕自身。
彼女がいないと生きていけないというほどには、彼女のことを欲していない。

家族はどうだろうか。
両親共に僕を可愛がってくれてはいたけど、優秀な弟ほどではなかった気がする。
僕は両親の援助を受けずとも自活できているし、これまでのように積極的に連絡を取る必要はないのかもしれない。

そこまで考えた時、ふと思い当たった。

そもそも、僕はこの世界に必要なのだろうか。

親しい友達は一人もいない。
心から恋焦がれる人もいない。
両親への愛や感謝の気持ちも薄い。
そんな僕が、この世界にいる意味はあるのか?

これまでは不要なものを整理して暮らしを良くしていくのが気持ち良いんだと思っていたけど、多分違う。

僕は、自分とこの世界の接点を減らしていくのが楽しかったのだ。

そこまで考えた時、僕の足は自然と窓の方に向かった。
もはやカーテンもなくなった窓からは、外がよく見える。
雲一つない、とても良い天気だった。

窓の下を覗きこむと、人々が小さく見えた。
ここは10Fの部屋だ。不要なものを処分するには充分な高さだろう。

僕は、躊躇うことなく窓の外に飛び出した。
すると、これまでにないような満足感が湧き上がってくるのを感じた。

要らないものを捨てて、厳選する。
考えた結果、一番要らないものはこの僕だった。
これで世界には余裕が生まれ、景観が美しくなるだろう。

そんなことを思った時には、地面が目前まで近づいていた。

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