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言えなかった気持ちは、ため息に変わって消えた。

「何飲む?」

僕がそう聞くと、彼女は食い気味に答えた。

「ビール!」

その勢いに、思わず笑ってしまう。

「食い気味だな」

ツッコむと、彼女はクシャっとした笑顔を浮かべた。

「だって、飲みたかったんだもん」

一気に、時間が戻ったような気がした。
彼女とは大学1年生の頃からの付き合い。
知り合って、もう15年目だ。

「で、最近はどうなのよ」

我ながら雑な質問だけど、彼女は気にすることもなく答えてくれる。

「普通かな。家でNetflixばっかり観てる」

「そうなんだ。最近は何観たの?」

そう聞くと、思いの外嬉しい答えが返ってきた。

「この間会った時おススメしてくれたやつ。
 面白くて一気に最後のシーズンまで観ちゃった」

この間、はもう1年以上前だ。
覚えててくれたんだ。

「おー!観てくれたんだ。嬉しい。
 良かったでしょ?」

おススメを褒められると、ちょっと鼻が高くなる。

「うん!最高だった。次のシーズンも楽しみ。
 おススメされるまで、勝手にホラー系だと思ってたんだけど。
 観てみたらめっちゃ刺さった」

こういう話できる人が、案外いないんだよなあ。
彼女と話す度、そんなことを考えている気がする。

「観てくれたならおススメした甲斐があったよ。
 推しのキャラとかいるの?」

会話を続けながら、彼女と出会った頃に想いを馳せた。

彼女とは、映画制作のサークルで知り合った。
かわいらしい笑顔とはっきりした性格の彼女は、先輩からも後輩からもモテていた。
でも、結局部内では誰とも付き合わず。
4年生の頃にゼミの同級生と一瞬付き合っていたそうだけど、それ以来浮いた噂は聞かなかった。

僕と彼女は、学生時代から不思議と仲が良かった。
3年生の時はお互いサークルの幹部で、席が隣同士。
住んでいる場所も近くて、帰りが一緒になることが多かった。

卒業した後も、1~2年に1回の頻度で会い続けている。
世間で言う、”腐れ縁”ってやつなんだろう。

大学卒業から11年。
今も二人で会う友達なんて、女の子では彼女ぐらい。

僕は、彼女のことを数少ない異性の親友と思っているんだけど。
向こうはどうなんだろう。そういう話は、あまりしていない。

「そっちは?最近なんか面白い話ないの?」

急に話題を振られた。
仕方ないので、僕は”面白い話”を披露することにした。

「実は、会ってない1年半のうちに彼女ができた」

「えー!?」

「で、同棲してた」

「えー!!!」

「でも、先月別れた」

「ちょっと待って、スピード感あり過ぎてついていけないんだけど」

心配するな、僕もだよ。

「向こうに押し切られて同棲することになったんだけど。
 やっぱ、まだ早かったね」

「それ、時期の問題じゃないでしょ?」

彼女が核心を突いてくる。
多分、もう答えがわかってるんだろうな。

「うん。実際、スピードについていけないところはあったんだけどさ。
 多分、合わない部分があるのに目を瞑ってたんだよね。
 無理して、相手を喜ばせようとしちゃってさ」

そう言うと、彼女は納得したように頷いた。

「だと思った。
 でも、それって優しさじゃないよ。多分」

そうだよね。
彼女の言葉は、いつも遠慮がない。
それが心地いいんだけど。

そういえばさ、と彼女が話題を変えた。

「私ね、本格的に婚活始めたんだ」

「へー!いよいよ山が動いたな」

僕はちょっと茶化したけど、彼女は真剣だった。

「うん。結婚相談所にも入会した」

それを聞いて、少し驚く。

「そりゃすげえ。
 ああいうのって、結構お金かかるんじゃないの?」

「うん。結構な金額払った。
 だからこそ、やめられないなって」

「なるほどね。
 で、成果はどうなの?」

そう聞くと、彼女は苦笑いを浮かべた。

「2ヶ月で、10人ぐらいと会ったんだけど。
 誰ともしっくり来ず」

「厳しいな。何がダメだったの?」

「うーん」

これまで歯切れの良かった彼女が、今日初めて答えに窮した。

「…ノリかなあ」

「ノリ?」

「うん。説明しづらいんだけど。なんだろう。
 『楽しい?』とか聞いてくる感じが」

「…デートの途中に?」

「うん」

なんとなく、彼女が言わんとすることが分かった気がする。

「そういうのって、聞くもんじゃないよね」

彼女が大きく頷く。

「そうなの。楽しければ表情とかで伝わるし、なんでわざわざ言わないといけないの、って感じでさ」

それに、と彼女は続ける。
多分、よっぽど溜まってるんだろうな。

「長いんだよね、会ってる時間が。
 1時間もないはずなのに、3時間にも4時間にも思えちゃって」

「ヤな時間って、中々過ぎないんだよな。
 わかるよ」

「そんなに高望みしてるつもりないんだけど。
 普通で良いと思ってるんだけどさ…
 その”普通”が、なんだか分からなくなっちゃった」

普通、ね。
確かに、”普通”って長く生きれば生きる程分からなくなる。

「どんなのが”普通”だって思ってたの?」

僕がそう聞くと、彼女は少し考えて答えた。

「好きなものの話ができて、お互い気遣わなくて良くて、楽しいか楽しくないかなんて言わなくても伝わって、会ってる時間があっという間に過ぎる感じ」

確かに、それは僕らが若い頃に思い描いていた恋人に対する”普通”だ。
でも今、改めて言葉にするとすごく難しいもののように思えた。

「当たり前だと思った”普通”って、案外ハードル高いのかもね」

そう言うと、彼女はため息をついた。
婚活疲れ、ってやつなんだろうな。
考えこませても仕方ないし、話題を変えよう。

「好きな恋愛映画の話とか、前聞いたっけ?」

僕が映画の話題を振ると、彼女に笑顔が戻った。
彼女が口に出した作品は、僕も好きなものだった。

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「もう4時間も経ってたんだ。あっという間だね」

時計を見ると、もう22時を回っていた。
確かに、あっという間だったな。

「行きますか。あ、お会計お願いします」

店員さんが、すぐに伝票を持ってきてくれた。
8,200円なり。二人で飲んで食ったにしては、そんなに高くないな。

「いくら?」

彼女がそう聞くので、答える。

「1000円ちょうだい」

いやいや、と彼女は首を振った。

「もっと高いでしょ。私の方が飲んでるし」

まあ、そう言うと思ったけど。
今日は、元々多めに出そうって思ってた。

「2週間前、誕生日だったでしょ?
 おめでとうってことで」


そう言うと、彼女は目を丸くした。

「え!覚えてたの!?」

「当たり前だろ」

「人の誕生日とか、あんまり覚えないタイプじゃん」

まあね。
でも、覚えていたんだから仕方ない。

「ってことで、今日は俺が多めに出すよ。
 次会った時、多めに出してくれ」

そう言うと、彼女は笑った。

「了解。覚えとくね。
 じゃあお言葉に甘えます」

「おう」

「ありがとね」

いえいえ。
飲もうと誘ったのは僕だったけど、お店を探してくれたのは彼女だった。
誕生日も近かったし、お金ぐらいは払わないとね。

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お店を出ると、外は真っ暗。
でも、ネオンが光って街は賑やかだった。

「すっかりコロナも収まった感じだねえ」

「確かに」

そんな会話を交わしながら、駅に向かって歩き始める。

「ねえ」

僕は彼女に声をかけた。

「なに?」

「婚活の進捗、また聞かせてよ。
 諦める気はないんでしょ?」

「うん。やっぱり、子供は欲しいしね」

子供か。そうだよね。
僕らももう、33歳だもんな。

「そっちはどうするの?」

今度は、彼女が僕に聞いた。
僕は、少し考えて答えた。

「…俺はいいかな、しばらく」

「なんで?」

その質問にどんな意図が込められているのか、僕には分からなかった。

「…なんとなく?」

「そうなんだ」

彼女は納得したのかしていないのか分からない曖昧な表情で、目を逸らした。
それから他愛無い会話をいくつか交わしていると、あっという間に駅にたどり着いた。

「じゃあ、俺こっちだから。
 今日はありがとね。楽しかった」

僕と彼女の帰り道は、駅からは違う。
彼女はJR、僕は地下鉄だ。

「うん、こっちこそありがとう。
 めっちゃ楽しかった」

「じゃあまた、次の長期休みにでも。
 健闘を祈る」

彼女は微笑んだ。

「頑張る。
 じゃあ、また今度ね」

こうして、僕らの飲み会は終わった。
次は半年後か、一年後か。
いずれにせよ、すぐに会うことはないと思う。
僕らは、そういう間柄だから。

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地下鉄の帰り道、一人考える。
“腐れ縁”って、なんだろう。

僕と彼女の繋がりは、簡単に切れてしまうものだったはずだ。
実際、学生の頃はすごく仲が良かったのに疎遠になったやつなんてたくさんいる。
そんな中で、何故僕と彼女は繋がり続けているんだろう。

それは、お互いが一定の期間で連絡を取り合っているから。
縁なんて、当人同士が繋げ続けようとしなければ簡単に切れてしまう。
お互いが会いたいと思うからこそ、15年も僕らは友達をやれているんだろう、きっと。

それなら。
なぜ、僕は彼女のことをそんな風に思うんだろう。
大学を卒業して、お互い地元を離れて。
それでも、何で時々会いたくなるんだろう。

年に1度ぐらいだけ、会って。
他愛もない話をして。
お互いに、進捗がないことを確認する。

『私ね、本格的に婚活始めたんだ』
『2ヶ月で、10人ぐらいと会ったんだけど。
 誰ともしっくり来ず』
『楽しければ表情とかで伝わるし、なんでわざわざ言わないといけないの、って感じでさ』
『長いんだよね、会ってる時間が』
『好きなものの話ができて、お互い気遣わなくて良くて、楽しいか楽しくないかなんて言わなくても伝わって、会ってる時間があっという間に過ぎる感じ』

今日聞いた彼女の言葉が、頭を巡る。
それを聞いた時、僕が本当に言いたかったことは。

『話合うし、一緒にいる時間は経つのが早いと思えて、今日が楽しかったんならさ。
俺ぐらいで妥協するっていうのはどう?』

そんなことを考えて、僕は少し笑った。
きっと、彼女はそんな展開を望んでいない。
僕の、一方的な思い込みだ。

そう考えて、僕は自分の気持ちから目を逸らした。

人の誕生日に興味がない僕が、何故彼女の誕生日を覚えているのか。
何故、彼女にだけは定期的に連絡するのか。

心の中で、答えは出ているけれど。
きっと、これからもそれを言葉にすることはないと思う。

僕と彼女は、15年来の友達。
それ以上でも以下でもない。

贔屓目を抜きにしても、彼女は可愛らしい。
ハッキリした性格も、僕は良いところだと思う。
婚活の話を聞いている限り、どうやら自分から断っていることがほとんどのようだった。
これまでは縁に恵まれなかったけど、きっと婚活市場でモテる方だろう。

一度決めたら真面目に取り組む彼女のことだから、きっと次会うときには良い結果が出ていると思う。

多分、それで良い。
僕は『良かったじゃん!』と、おどけながら言うんだろう。
そんな自分の姿を思い浮かべる。

言えなかった気持ちは、ため息に変わって消えた。

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