届かなかった想いって、どっかに消えちゃうのかなぁ。
「届かなかった想いって、どこかに消えちゃうのかなぁ」
彼女はそう言いながら、持っていたビールを飲み干した。文字通りのヤケ酒だ。
「消えはしないでしょ、別に」
僕がそう言うと、あからさまに睨んでくる。
それ、多分怖がる男多いから止めた方が良いよ。
「ちょっとさぁ、何でそんなに冷静なのよ。
こっちは大失恋直後なのに」
カウンターに置かれたグラスは、もう空に近づいてる。今日はいつもより大分ペースが早い。
「分かってるよ。でも」
でもさ。
「かわいそう、とか。
君のせいじゃないよ、とか言われてもさ。
こういう時って、辛いだけじゃん」
彼女がうっと言葉を詰まらせる。
「…まあ、それは確かにそうだけど」
苦虫を噛み潰したような顔に、思わず笑ってしまう。
「すげえ顔」
油断していたので、正直な感想が漏れてしまった。
「ちょっと!すごい失礼だよ、それ」
「ごめんなさい」
その通りだったので音速で謝った。
親しき中にも礼儀あり、だよね。
「分かれば良し」
彼女はそう言った後、急に静かになった。
二人でいる時に、沈黙になることなんてほとんどない。
…もしかして、本当に怒っているんだろうか。
少し心配になったので、声をかけた。
「どうしたの?」
彼女は遠い目をして、呟くように言った。
「あの人にも、こんな風に飾らず接してたらさ。
そしたら、うまくいったかなぁ」
うーん。
少し考えてみたけど、想像がつかなかった。
「さあね、どうだろう」
そう返すと、彼女は不満そうな顔をした。
「何よ、その適当な相槌」
「だって、そんなん分かんないもん。
俺はそいつじゃないし。
そもそも、本性知ってるし。」
「まあ、そうだけどさ」
というかさ。
僕も、言いたいことを言うことにする。
「いつも、猫被り過ぎなんじゃない?
おしとやかで物分かりの良いキャラを演じるから、うまくいかなるなるんだよ」
「うるさいなぁ。
そっちの方がモテるんです」
まあ、それも分かるけど。
「長く一緒にいるなら、ありのままを出せないとしんどいよ」
そう言うと、彼女は少し真剣な顔をした。
「それも分かってるんだけどさ。
…素を出すって、中々難しいんだよね」
今、めちゃくちゃ出てるけどね。
ちょっとは隠して欲しいぐらいだ。
「なんでよ。
そのままでいれば良いだけじゃない?」
彼女は表情を崩さずに答える。
「そのままの自分を、好きになってくれる人がいるとは限らないじゃん」
そうかなぁ。
「そんなことないと思うけどなぁ」
だって、隣にいる奴は素の君が好きなんだよ。
絶対、口には出さないけどさ。
「探せばきっといるよ。
明け透けで雑な女がタイプの男」
そうだよ、多分きっといる。
僕みたいな物好きが他にも。
「バカにしてるでしょ!?」
いや、結構本音なんだけど。
きっと、分かってもらえないだろうな。
いつも飾らず本音を言ってくれて、励ましも悪口もストレートに伝えてくれる人。
気を使わず、リラックスして何でも話せる人。
君以外に、中々いないんだけど。
「…怒ってたら、なんか元気出てきた。
もう一杯飲むから付き合って」
「はいはい」
そういう単純なところも、面白くて良いよね。
「すみません、もう一杯ください」
「僕も。同じやつで」
もし、君が僕のことを好きになってくれていたら。多分、うまくやれてたと思うよ。
だって、君もさ。
こんな風に飾らない態度で話しかけてくるじゃん。
「失恋した時は、人と飲むに限るね。
やっぱ、何でも言える人といると楽だわ」
一緒にいて楽なのは、僕なんでしょ?
だったら、僕みたいなのを好きになった方が良いんじゃないの?
これが全部言えたら、楽になれるのに。
今の関係が崩れるのが怖くて。
結局、いつも言えずにいる。
『届かなかった想いって、どっかに消えちゃうのかなぁ』
君はそう言ってたけど。
そんなのさ、消えるわけないじゃん。
この想いがそのまま消えてくれたなら、僕はもう少し楽になれるのに。
想いは消えず、自分の中でグルグル回り続けるから。君のことを想い続けてしまうんだよね。
「こんな気持ち、消えてくれれば良いのにね」
君がそう言ったので、僕は頷いた。
「ほんとにね」
そう、ほんとにね。
こんな気持ち、消えてなくなっちゃえばいいのに。