#111 なぜ九州が焼酎で知られるようになったのか
1.なぜ九州が焼酎で知られるようになったのか
今回は焼酎についてのお話です。
以前、福岡県の朝倉市にある明治12年創業の老舗、ゑびす酒造を訪問しました。この地域は元々日本酒が中心で、なぜ九州が焼酎で知られるようになったのか、その歴史的背景について考えてみたいと思います。
九州北部では、伝統的に米焼酎よりも日本酒が主流でした。しかし、薩摩藩の影響で南部九州では焼酎が発展しました。この焼酎文化は、中東で始まった蒸留技術が海のシルクロードを経由して琉球、そして九州に伝えられたからです。古代の錬金術から派生したこの技術は、文化や科学の交流を通じて、瀬戸内海を航行する船によってさらに広まりました。関門海峡などの戦略的な位置が九州の酒造業にも影響を与え、特に明治維新の時代には革命資金としても機能しました。
現在のゑびす酒造の社長の祖父が戦後にウイスキー蔵を視察し、樽熟成焼酎の製造を始めたことから、伝統と革新が融合した新しい時代が始まりました。これは「らんびき」と名付けられ、焼酎製造の原始的な技術を現代に生かす試みです。
福岡及び九州の酒造業は、ただの飲料産業ではなく、長い歴史と深い文化の象徴です。古代中東から始まる科学技術の流れを受け、地理的・歴史的背景が融合することで、今日の多様な酒文化が育まれました。これらの歴史的背景を理解し、新しい市場や商品開発に活かす知識は非常に重要なのです。
2.続・なぜ九州が焼酎で知られるようになったのか
前回のお話の続きです。
今回は主に酒造の現状とその市場での挑戦についてお話ししていきます。特に、色のレギュレーションに囚われずに品質を保ちながら新しい市場を開拓しようとする酒造業の努力に焦点を当ててお話しします。
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