見出し画像

映画『すばらしき世界』西川美和 監督

映画『すばらしき世界』2021年・日本/西川美和 監督

生まれるということに自らの自由や選択はない。
そして、死ぬということも、もしかすると、それと同じなのかもしれない ──

出所した元殺人犯の三上(役所広司)は、保護司の庄司夫妻に支えられながら自立を目指していた。そんなある日、テレビディレクターの津乃田(仲野太賀)とプロデューサー(長澤まさみ)がとある内容で、彼にテレビ番組のオファーを持ちかける。それは、社会に適応しようともがく三上を捉えるというもので……
一人の元殺人犯である男性と彼を取り巻く社会を多面的に描いた作品である。

本作は実在の人物をモデルに描いた佐木隆三の小説『身分帳』を原案としている。監督である西川美和が脚本を手がけた。

元殺人犯という一人の男の人間性を、地域社会という誰もが持つごく身近な環境の中で、どのようなことが起こり得るのかという状況描写に徹している。獄中から娑婆に出た男が、一人孤独に社会に適応できるのかというと、それはそうもいかない。刑務所に入るまでずっと反社的な組織で食べていた。社会に適応するために男はもがく。様々な人と関わりながらも、時折、自分の悪い部分が顔をみせ、自ら築き上げようとしている社会を自らの手で壊してしまう。

本作は、元殺人犯の男と、それを見つめる者(テレビディレクター)の視点で描かれる。我々は、現代の社会において、両者の視点どちらにも成り得る。自分の良くない部分を自分で感じて生きづらくなることも、しばしばあるし、ある他者の、とんでもなくぶっ飛んだ素性を目の当たりにして、目を背けたくなることももちろんある。どちらの視点においても共感性が高く、社会というものや自分というもの、他者と自分というものを考えさせられる作品と言える。

本作を観ていると、“社会的弱者“というワードが浮かんでくる。
元犯罪者や障害者、貧困者、女性や子ども。社会的弱者は、自ら死を選ばない限り、境遇や環境を受け入れたくなくても、結局はそれを背負って生きて行かなければならない。「生きる」という言葉は、とてもシンプルな響きだが、実態はなかなかヘヴィーなことだとわたしは思う。生きるということは、「生活をする」ということ。一人の人間が、まともに生活をするということは、なかなか容易いとは言い難いのではないか。まして、社会的弱者にとっては尚の事。それを我々に見せつけているのが本作だとわたしは理解した。

誰もが平等で、そして誰もが幸せを感じれる社会。
そんなもの、どこにもない。
そう言ってしまうと身も蓋もないけれど、世知辛い社会の狭間でどうにかこうにか生きている人にとっては、そうも言いたくなる。
阿呆な政治家が本作を一人でも多く観てくれたら良いのかもしれない。
少し、投げやりかもしれないけど、そう思ってしまった。

筆者:北島李の



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?