失われた30年の真因について

日本の経済成長を止めたのは自由な市場競争なんです。

失われた30年の真因について解説します。

1990年代初頭にバブルが崩壊しました。

それから日本経済は長い冬の時代に突入しました。

いわゆる「失われた30年」です。

デフレが続き、賃金の上昇はぴたりと止まりました。

なぜ日本経済は停滞しているのでしょうか?

その答えは、経済学者ジョセフ・シュンペーターの理論の中にあります。

日本経済の成長を阻む要因とシュンペーターの理論との関係について解説します。

まず、日本はシュンペーターの教えに逆らって経済停滞したという事実があります。

ジョセフ・シュンペーターは20世紀前半から半ばにかけて活躍した経済学者です。

今、シュンペーターに着目する理由について説明します。

最近の世界情勢の複雑化のせいで、政府による、産業政策や、イノベーション政策が、重要視されるようになってきました。

そのような政策の必要性を主張している人たちの多くは、シュンペーター派の経済学者なんです。

そういった流れがあるので、今まさに、シュンペーターについて学びなおすことは有益なのです。

理由のもう一つは、日本が抱える特殊な事情です。

日本ではこの30年、経済の停滞が続いています。

イノベーションもほとんど起きていません。

その一方で、日本は戦後25年から30年の期間で経済が急成長し、経済大国になったという過去もあります。

あるシュンペーター派の経済学者によると、急成長を遂げていた頃の日本の経済システムは、非常に「シュンペーター的」だったそうです。

戦前、日本からも何人かの経済学者がシュンペーターのもとに教えを請いに、はるばる海を渡りました。

彼らが戦後日本で活躍したのです。

これに対して、この「失われた30年」の間は、シュンペーターであれば「やってはいけない」と考えたであろう経済政策を、日本政府は片っ端からやってきたんです。

日本はシュンペーターの教えに従って経済発展を果たしましたが、シュンペーターの教えに逆らって経済停滞をしていると言えるのです。

ではシュンペーターの教えとは何だったのでしょうか?

シュンペーターの著書は、非常に難解で、十分に内容を理解している人はそう多くはないと思います。

そこで、この失われた30年を打ち止めにするため、シュンペーターが言わんとしていたことをみなさんに知ってもらいたいと思っています。

シュンペーター的な経済システムとはどのようなものなのか?

シュンペーターは1912年に『経済発展の理論』を発表しました。

その中で、シュンペーターは現在の主流派経済学の基礎である市場均衡理論と真っ向から対立するような主張をしました。

市場均衡理論は、個人が自己利益を最大化するために自由に経済活動を行うと、市場原理が働いて需要と供給が一致する、というものです。

シュンペーターは市場均衡理論では、イノベーションや経済発展が説明できないことを指摘しました。

そして、経済の中でどのようなダイナミズムが起きて発展を遂げていくのかを突き詰めて考えた結果が『経済発展の理論』だったのです。

また、シュンペーターは1942年に発表した『資本主義・社会主義・民主主義』の中ではさらに踏み込んで「市場で完全競争をするとイノベーションは起きない」と断言しました。

ところが、日本はこの30年間、

バブル崩壊後の日本経済の停滞を打破するためには、市場原理に任せて自由競争を促進すればいいという方向で規制緩和や民営化を推し進めてきました。

当時の日本の経済政策を担当した政治家や官僚、あるいは経済学者は市場で自由な競争が起こればイノベーションが起き、経済は発展すると思い込んでいました。

しかも、それがシュンペーターの教えであると勘違いしていたのです。

シュンペーターの主張は全く逆なんです。

戦後、日本はシュンペーターの教えの通り、過度な競争ではなく適度な競争制限をすることで経済を発展させてきました。

けれども、ここ30年は「市場原理で自由競争を」という政策ばかりしてきました。

その結果、イノベーションも経済成長も起こらなくなったのです。

では、なぜ競争を制限するとイノベーションが起こり、経済が発展するのでしょうか?

イノベーションを起こせるのはいったい誰なのでしょうか?

例えば、馬車しかなかった世界で、私が自動車を発明したとしましょう。

私は膨大な利益を得るでしょう。

その利益を投資して、もっと速く走れる自動車や環境に配慮した自動車を開発すれば、次のイノベーションを起こすことができます。

これは、最初にイノベーションを起こしたものが他の追随を許さずにイノベーションを起こし続け、利益を得られるという例です。

こんどは設定を変えて、自由競争の世界で私が自動車を発明したと想定してみましょう。

この世界では競争は自由なので、次から次へと私の発明をまねて自動車を製造する企業がたくさん現れるはずです。

最初にイノベーションを起こした私の懐に入ってくるはずだった利益は、多くの自動車会社にもっていかれてしまうでしょう。

これでは、どの企業も次のイノベーションを起こすに十分な利益を得られません。

そのせいで、自由な経済競争では、いつ潰れてもおかしくないような中小零細企業ばかりが乱立するようになります。

そんな状態では、誰もイノベーションを起こせなくなるのです。

『資本主義・社会主義・民主主義』の中でシュンペーターは、イノベーションを起こすのは大企業であると述べています。

理由はいくつかあります。

第一に、大企業は内部資金が豊富なため、多少の不況でも倒産することはありません。

また、大企業は自分たちの企業が将来的に利益を得ていくために、新たに投資をして次のイノベーションに備える必要があります。

そして、大企業は自社を少しでも有利にするために、他の企業が入ってこられないよう自分たちのマーケットを囲い込みます。

他の企業の参入を阻止することは、まさに「競争の制限」と言えます。

つまり、競争を制限できるような大きな企業こそが、イノベーションを起こせるのです。

そのような強大な力を持つのは、まさに大企業なのです。

先ほども申しましたが、複数の企業が自由に競争をすると、どの企業も利益がほとんどない零細企業になってしまいます。

すると、イノベーションが起こらないので市場はたしかに均衡するんですが、経済発展を望めるような状態にはならないんです。

現在の日本では、スタートアップ企業がイノベーションを起こすと考えられていますし、スタートアップ企業をサポートすることが大事だと言われています。

そして、実際にそれらに企業をサポートする政策をしていますが、シュンペーターはそんなことを一切言っていないんです。

ここからは、シュンペーター派が訴える株主資本主義の危険性について解説します。

利潤を確保して次のイノベーションに向けて再投資をするアメリカのやり方は、株主資本主義の浸透によって実はすでに崩れてしまいました。

これについて、具体的に説明します。

株主資本主義は、教科書的な市場原理主義に従って出てきた考え方なんです。

株価は各企業の価値を正確に反映するので、自由な株式市場での株の取引に任せておけば、効率的な企業の株価がより高くなる。

その結果、効率的な企業が株式市場から選ばれるから経済全体が効率的になる。というロジックなんです。

したがって、教科書的に考えると株式市場を活性化するためにさまざまな制限を取っ払うべきであるという話になります。

つまり、企業は株価を上げることを目指して活動すべきだということです。

そういうイデオロギーが1980年代以降、アメリカで蔓延しました。

シュンペーターは1950年に亡くなりましたので、彼自身が直接、株主資本主義に異を唱えたというわけではありません。

株主資本主義に対して、その危険性を指摘したのは、シュンペーターの流れを汲む経済学者たちなんです。

イノベーションは企業が起こすものです。

しかしそれは、株主だけの手柄ではなく、経営者の手腕、さらには従業員・労働者の能力のたまものなんです。

本来であれば、イノベーションによって得られた利益は、労働者、経営者などいろいろなステークホルダーに分配されてしかるべきですよね。

ところが、株主資本主義においては、利益はすべて株主のものなので、株価として反映させるべきだという議論になってしまいます。

株主が、利益を独り占めしてしまうのですが、それが社会をよくすると信じられています。

そうなってしまうと、利益をステークホルダーに分配することどころか、次のイノベーションのための研究開発投資や設備投資もできなくなります。

株主が強くなると、研究開発投資や設備投資よりも株主への利益還元が優先されてしまうんです。

そんな企業がイノベーションを起こせるわけがないんです。

これは、1980年代のシュンペーター派の経済学者たちの主張です。

ここで疑問を感じるかもしれません。

アメリカでは、1980年代以降の株主資本主義の流行により、設備投資も研究開発投資もやりにくくなったと言いましたが、

なぜアメリカにはいまだにイノベーションを起こす会社が複数存在しているのでしょうか。

実はアメリカは強力な産業政策を推し進めているといえるんです

株主資本主義が強まった結果、以前と比較すると、実は、アメリカでも企業がイノベーションを起こしにくくなりました。

株主資本主義が流行りだす1980年代より前のほうが、アメリカ経済は成長していましたし、多くのイノベーションが起こっていました。

設備投資もふんだんになされていましたし、従業員の給料も右肩上がりでした。

今ほど格差も大きくありませんでした。

今のアメリカでは、格差が拡大しているだけではなく、

1980年代よりも前と比較すると生産性も落ちているんです。

イノベーションも以前ほど起こっていません。

それでも、AppleやGoogle、Amazonなどはイノベーションを起こしています。

注目してほしいのはいずれも大企業だということです。

最近では、生成AIがもてはやされていますね。

このようなイノベーションは、どのようにして起きているのでしょうか。

アメリカのイノベーションは、米国政府の莫大な投資によるものであると分析したのは、シュンペーター派の経済学者であるマリアナ・マッツカートや、社会学者のフレッド・ブロックです。

実はアメリカでは、米国防総省や米航空宇宙局(NASA)などにより、軍事目的あるいは宇宙開発目的で巨額の投資が行われているんです。

その技術開発投資が、米国のデジタル産業の基盤となっています。

一番有名な例は、インターネットでしょう。

インターネットは、国防総省の特別機関である高等研究計画局の資金提供により開発されたARPANETを基盤として民間に転用されたものなんです。

高等研究企画局とは旧名はARPAで、今はDARPAとよばれていますね。

加えて言えば、半導体もソフトウェアも、もとは軍事目的か、あるいは宇宙開発目的で開発されたものなんです。

アポロ計画で月にロケットを飛ばす際には、膨大な量の計算が必要となりましたが。

その計算のために、米国はコンピュータ技術を発達させました。

米国のソフトウェア産業は、宇宙開発事業の産物なんです。

マッツカートやブロックが明らかにしたのは、米国は市場原理を唱えて株主資本主義を推進しているんですが、その裏で政府が強力な産業政策をやっているということなんです。

一方、日本は米国のまねをして株主資本主義を導入しました。

また、市場原理主義も真に受けて、産業政策をやめて、市場の自由に任せました。

産業政策は市場を歪めると考えられたためです。

それはいまでもそう考えている人は多いと思います。

その結果が「失われた30年」なのです。


いいなと思ったら応援しよう!