「投資家から見たPMF」の解説
シリーズA投資家との対話
ファウンダーがシリーズAの資金調達をするために、何人かの投資家に事前相談する場面を想像してみましょう。
ファウンダーは投資家たちから「シリーズAで大切なのは、PMFしていることが確認できること」だと言われます。そこで、PMFとはどういう状態なのかとそれぞれの投資家に質問します。
その回答は:
投資家A:「月次売上が500~1,000万円程度の水準になったらPMF」
投資家B:「業界のTier1グループ企業が○社以上使っている状態」
投資家C:「PMFしたときはファウンダーの目の輝きが違う」
上記の回答は私が実際に日本のベンチャーキャピタリストの方々から聞いたことのあるコメントです。
さて、あなたはこの三人に対し同時にシリーズAのピッチをするとしたら、どのようにPMFについて説明しますか?
顧客との対話においてPMFという言葉を使うことはないと思うので、この用語はあくまで「ファウンダーと投資家との間でなんらかの合意を形成するため」に使う用語だと言えます。
(そもそも、PMFという概念を提唱したのはMarc Andreessenでした。(注))
投資家は何を知りたがっている?
「顧客の欲しがるもの」を作るためには顧客の仕事を理解する必要があるのと同様に、「投資家が知りたいこと」を把握するためには投資家の仕事を理解する必要があります。
VCはそもそも、他人のお金を運用する仕事(1%がGPたちの自己資金/99%が外部資金)
外部出資者に対し、自分たちの投資に関する「説明責任」を負っている
例えば、「マーケティング部門向けのSaaS」をやっている会社に将来性を見出して投資したはずなのに、1年後に「コンシューマー向けモバイルゲーム」の会社になっていたら、説明が難しいかもしれません。
投資家にとって、アーリーステージの位置付けは以下のとおりです。
① プレシード:
取組む課題、バリュープロポジション、プロダクトが固まりきっていない(ピボットする可能性が高い)
② シード:
プロダクトがマーケットにフィットするかの検証フェーズ(フィットしなければピボットする可能性がある)
③ シリーズA:
プロダクト検証の結果、特定のマーケットとプロダクトに資金を投下してグロースフェーズに入ることを判断した状態(ピボットするリスクが相当程度下がっている)
シリーズAは、選択したマーケットで大きな資金投下を開始するスタート地点です。
そのため、投資するにあたっては「ピボットするリスクが相当程度低い」ことが必須条件になり、PMFしているかどうかが投資家にとって非常に重要というわけです。
ここまでのまとめ。
シリーズA投資家からの問いを正しく表現すると
ピボットするリスクが相当程度下がったと思う根拠は何ですか
(根拠のエビデンスとして) シードからシリーズAの間にどのような検証を行いましたか
ということになります。
「PMFしているかどうか」は上記2つの問いにどのように答えるかである、と考えれば良いわけです。
どう説明すべきか
「ピボットするリスクが相当程度下がった」と説明するためには、一般的に以下の視点をクリアしておく必要があると考えられます。
リスク1:顧客が適切なお金を払ってまで欲しがらない
この視点をクリアするためには、「シードステージから直近(シリーズA)までで何が検証できたのか」という説明ができるよう、シードステージ時点での設計が必要です。
(以下、BtoBの場合)
ターゲットとする顧客セグメント/業務スコープを明確化する(仮に「Tier 1顧客」と呼びます)
Tier 1顧客が「適切なお金を払ってまで欲しがらない」としたら、その要因として考えられるリスクは何か(想定するリスク)
想定するリスクを潰し込むためにどのような検証を行なったのか(そして結果として、どのような評価プロセスによって潰せたと判断したのか)
上記のような検証を行うためには、顧客の業務に対する解像度がかなり高いことが要求されます。
例えば:
対象業務において自社のプロダクトが使われるためには、どのような工程で、どのような使い方で、どれくらいの頻度で利用されるのか(されるべきなのか)
本質的なニーズを満たせているかをどのように評価するか。情報の非対称性とバイアスが無い状態(世の中にあるすべての競合ツールとその機能・価格を把握できており、かつ既存の有名ブランドとスタートアップのサービスをフェアに評価できる状態)であれば、顧客は自社サービスを選ぶと考えられる合理的根拠
使われる場合はどの程度の人員に利用され、支出可能な予算はどの程度になるのか
顧客業務に関する深い理解がなければ、上記の仮説を立てることはできません。
こう考えると、MRR、企業ロゴ、チャーンレート、NRR等といった外形的な要素からPMF判断ができるわけではない、ということがわかっていただけると思います。
(よくある間違い:スタートアップの製品は知名度がないため受け入れられない=PRを強化して知名度が上がれば受け入れられるはず、と考えてしまうケースがありますが、それは「本質的なニーズを満たせているか」に反することになります。「知名度がないため受け入れられない」という問題は、PMFの視点ではなく「その市場にイノベーター=無名であっても競合優位性のある優れた製品を求め続けている「賢い顧客」がいない可能性が高い」という別の問題になり、市場選定そのものを再検討する必要があります。なお、「情報の非対称性とバイアス」問題はGTMの段階で取組むべき問題で、PMF検証の項目ではありません。)
リスク2:市場規模が小さい
PMF判断には「欲しがる顧客がいるかどうか」に加えて「ターゲット顧客に十分な市場規模があるかどうか」という視点が必要です。
PMF=「ピボット可能性が低いこと」と定義するならば、事業を進めたものの市場規模が小さいことが認識されたためピボットを余儀なくされるということが起こり得るためです。
なお、「十分な市場規模」の水準については、出口想定が100億円で良い場合と1,000億円である必要がある場合とで「十分な市場規模」の水準は違ってくるため、少々込み入ったプロセスを理解する必要があります。
市場規模の検証とは:
「十分な市場規模」について、シリーズA投資家候補と事前に十分に意見交換しておく(投資家たちの期待リターン、エグジット時の評価額規模の目線、エグジット時の評価のされ方(PSR/PER)、それらから導き出される売上・利益規模の目線)
意見交換から得られた目線感をベースに、必要な売上・利益計画、時間軸を落とし込む
上記の売上計画と照らして、ボトムアップで「SAMの算出」と「SAMをSOMに転換していくステップ・スピード」をシミュレーションする
SAMからSOMへの転換について、顧客セグメントごとに「蓋然性が高い」「解像度高く打ち手が見えている」「解像度は低いがポテンシャルがある」の3カテゴリに分け、各カテゴリの獲得リードタイムや必要投資資金を想定しておく(それぞれのグループが何年後に、どれくらいのSOMになるのか)
リスク1の検証はファウンダーの得意分野だと思いますが、リスク2の検証について上記を読んで具体的に何をやれば良いまでクリアにわかる方は少ないと思います。
シリーズA投資家への接触は資金調達を開始するタイミングではなくその半年〜1年前に行い、リスク2の検証に巻き込んでいくのが良いでしょう。
とはいえ、ピボットを恐るべきではない
最後に重要なことは、「ピボットするリスクが下がっている」=ピボットしないようにすべきということではないという点です。そもそも起業とは、起業家が資金と権限を握り高速で事業開発ができるという点が大きな組織には真似できないアドバンテージであり、資金調達はその強みを強化し加速するためのものです。リスクが高い分野だからこそ大きなリターンがあるわけで、起業家も投資家も、ピボットすべき時には果敢に判断しなければなりません。
Marc Andreessenの言葉を引用し、締めくくりたいと思います。
(訳)プロダクト・マーケット・フィットを達成するために必要なことは何でもやりましょう。たとえば、人員の入れ替え、製品の書き直し、別の市場への移行、言いにくくても顧客に「ノー」と言うこと、あるいは言いたくなくても顧客に「イエス」と言うこと、そして希薄化を恐れず資金調達することなど、必要なことは何でもやりましょう。
(END)
(注)「The only thing that matters」Marc Andreessen/2007年