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哲学格闘伝説10 マキャベリ vs ホッブズ

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闘技場に満ちた静寂が、不穏な空気に満たされていく。


選手入場

実況:「お待たせいたしました!人間の本質を知る者たち、運命の対決の幕開けです!」

場内が暗転する。

実況:「青コーナー!」フィレンツェの宮殿が幻影として浮かび上がる。

「権謀術数の探究者!」「人の心を自在に操る策士!」「冷徹なる現実政治の体現者!」「ニッコロ・マキャベリィィィ!」

黒いマントを纏った痩せた男が、狡猾な微笑みを浮かべながら入場してくる。その周りには人々の欲望や感情が、暗い炎のように揺らめいている。

実況:「赤コーナー!」ウェストミンスター寺院の影が立ち上る。

「社会契約の探究者!」「人間本性の解読者!」「万人の万人に対する闘争を説きし者!」「トマス・ホッブズゥゥゥ!」

厳格な表情の長身の男が、幾何学の定規を手に入場してくる。その背後には人間の自然状態における混沌が、渦を巻いている。


対峙

「人間の本質とは何か」ホッブズが静かに問う。「それを知る者だけが、真の統治を語れる」

「ほう?」マキャベリが不敵な笑みを浮かべる。「人々を導く方法を、理論で語るつもりかな?」

「理論ではない。幾何学的な証明だ」ホッブズの周りに社会契約の式が浮かび上がる。「人間本性の必然的帰結として」

「面白い」マキャベリの目が細くなる。「では、人の心がどれほど深いものか...その身で知るがいい」


応酬

「私の能力は」ホッブズが静かに告げる。「自然状態という真実の空間を現実に展開する」

周囲の空間が歪み始める。闘技場が変容し、「万人の万人に対する闘争」状態が具現化していく。混沌とした空間の中心に、巨大な天秤が浮かび上がる。

「哲学領域・社会契約」

「ほう」マキャベリが不敵な笑みを浮かべる。「ここでは全ての建前が剥ぎ取られ、人間の本質が露わになるというわけか」

「人間本性の真実を巡る論戦だ」ホッブズが説明する。「各自が人間の本質について一つの主張を行い、その真理性を天秤が判定する。より本質的な主張を行った者に、勝利のポイントが入る」

巨大な天秤の横に、両者の生命力を示すゲージが出現する。

「面白い」マキャベリの目が鋭く光る。「では、始めようか」

第一ラウンド

ホッブズ:「人間は生まれながらにして、利己的な存在である」

マキャベリ:「その通り。しかし人は、時として驚くほどの忠誠心を見せる」

天秤が揺れ、マキャベリ側に傾く。
ホッブズのゲージが減少。

「なぜだ?」ホッブズが眉をひそめる。

「理論は単純すぎる」マキャベリが答える。「人間の矛盾こそが本質だ」

第二ラウンド

ホッブズ:「人は自己保存のため、理性的な契約を結ぶ」

マキャベリ:「確かに。だが人は、その契約を破る時、最も理性的に振る舞う」

再び天秤がマキャベリ側に傾く。
ホッブズの体が傷つき始める。

「くっ...」ホッブズが歯を食いしばる。「しかし...」

第三ラウンド

ホッブズ:「暴力を独占する主権者こそが、平和をもたらす」

マキャベリ:「その通り。だからこそ主権者は、時に非道にならねばならない」

天秤が大きく揺れる。しかし、今度はホッブズ側に傾いた。
マキャベリのゲージが減少。

「ほう?」マキャベリの目が細くなる。

第四ラウンド

ホッブズ:「全ての社会秩序は、恐怖に基づいている」

マキャベリ:「ならば問おう。その恐怖を、誰がコントロールするのか?」

天秤が激しく揺れ、マキャベリのゲージが大きく減る。

その時、マキャベリの表情が変わる。

(待て...この天秤自体が...)


召喚

「気づいたようだな」ホッブズの声が響く。「この理論的な対決の場そのものが...」

「ふっ」マキャベリの口元が歪む。「全て仕組まれていたというわけか」

「理論の枠組みの中では、理論家が有利なのは当然だろう?」

その言葉と共に、天秤の形が歪み始める。

現れたのは、人々の恐怖を写すかのような人工的な怪物。無数の人間の姿が鱗となり、社会契約の文字が鎧となって輝く巨大な竜が、虚空に現れる。

ホッブズの周りで、人々の不安と期待が渦を巻く。社会契約の力が実体化し、巨大な竜となって咆哮する。

【万人の万人による闘争よ
秩序を生み、恐怖による主権を示し、
今こそ平和への道を切り開け!】
「哲学召喚!リヴァイアサン!」

巨竜が、マキャベリに襲いかかる───

「なるほど...やはり君は」
マキャベリが静かに目を見開く。

「現実を知らなすぎる!!」


応酬

「何?」ホッブズが反応する。

「教えてやろう。権力の本質とはな...」マキャベリの周りで、暗い炎が渦巻き始める。「こうやって『理論』や『正義』を語っている時こそ、最も巧妙な力の行使が行われているということだ」

巨大な竜が、何かを悟ったように、警戒し始める。

「どうした!リヴァイアサン!」

「その『巨竜』も『理論』も、所詮は仮の姿」マキャベリの声が冷たく響く。「人は理論で動くのではない。恐怖と、欲望と...そして力で動くのだ!」

突如として、巨大な獅子の幻影が出現する。その咆哮が、理論の枠組みを揺るがす。

「私の本当の力を見せてやろう」

【民衆の心を知り尽くした者よ
理想という仮面を剥ぎ取り
運命の女神に挑みし実力を示せ
獅子の力と狐の知恵を統べ
理論の檻を打ち砕き
今こそ示せ、君主の力を!】
「哲学召喚・マキャベリズム!」

轟音と共に、天秤が粉々に砕ける。獅子の力と狐の狡知が具現化し、ホッブズの「リヴァイアサン」を蹂躙していく。

「理論は必要だ」マキャベリの声が響く。「だが、より重要なのは...」

物理的な力が、闘技場を包み込む。

「力だ!」

轟音と共に、全ての理論が崩壊していく。


決着

獅子の姿をした純粋な力が、ホッブズの築き上げた論理を粉砕する。狐の知恵が、理性という建前を引き裂いていく。そして、その背後からマキャベリの冷徹な眼差しが光る。

「私の『領域』まで...!」ホッブズが叫ぶ。

「気付いたか?」マキャベリの声には静かな確信が宿っている。「理論で作り上げた枠組みなど、真の力の前ではこんなものだ」

ホッブズの「社会契約」の領域が、まるでガラスが割れるように砕け散る。

「人間の本質を理解したつもりか?」マキャベリが一歩前に進む。「人は理性的な契約などでは縛れない。欲望に満ち、裏切りを重ね、その実、最も残虐な時に最も理性的なのだ」

「だが...それゆえにこそ...」ホッブズが反論しようとする。

「黙れ」

その一言と共に、巨大な獅子の爪が振り下ろされる。

「理論は現実の後からついてくる」倒れゆくホッブズに、マキャベリは静かに告げる。 

「君の理論は正しい。正しすぎるほどにな。だが、それすらも力によって成り立っているのだ」

実況:「決着!勝者、ニッコロ・マキャベリ!」


闘技場のモニター。

薄暗い精神分析の診察室にて。
黒いスーツの男が、革の長椅子の傍らに佇む。
「無意識とは、他者の言説のように構造化されている」

鏡に映る自身の姿を見つめ続ける。
「全ての欲望の根源へと」
「言語の深層へと降りていこう」

寂しげな図書館の片隅。
積み重なる本の間で、ペンを走らせる男。
「意味など、永遠に先送りされるものだ」

机上の文字が、別の意味へと姿を変えていく。
「西洋形而上学の体系など」
「所詮は、解体されるべき幻想に過ぎない」

二つのインタビューが交差する。
「無意識の真実を暴け」
「全ての中心を崩壊させよ」


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