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ご自愛はどこへゆく

まっしろくて小さな、思いのほか軽い紙の箱を手のひらに乗せた瞬間、あ、と思った。

これってたぶん、「ご自愛」だ。

箱の中身は、苺のショートケーキである。休日の午後、少し面倒な用事を済ませてひとり暮らしの家に帰る途中、前から気になっていたパティスリーの前を通りかかり――いったん通り過ぎた後、やっぱり、と踵を返して、自分用にひとつだけ、ケーキを買ったのだった。

普段はどちらかというとコーヒー党だし、チーズケーキやチョコレートケーキには断然あの香りと苦味が合うと思うけれど、果物を使ったケーキを食べるときは、なんだか紅茶が飲みたくなる。
湯で満たしたマグカップの中にティーバッグを沈めながら、ふと疑問がわいた。
あの瞬間、ご自愛という言葉が思い浮かんだのはなぜなんだろう。

そもそも私の場合、その言葉をあまり使ったことがなかったのだ。
ビジネスメールに代表されるテキストコミュニケーションにおいて「くれぐれもご自愛ください」という言い回しをすることはあれど、最近よく見るほうの、「自分を大切にするために、自らに向けてその言葉を使う」というセルフケア的文脈での使用には縁遠い。

……ほんとにそうだっけ? こんなによく見かける言葉なのに? といぶかしんで、試しに自分のnoteを検索してみた。結果、ある記事で「みなさんくれぐれもご自愛ください」と呼び掛けているほかにはヒットしなかった。

この、私と「ご自愛」との距離感の理由には、なんとなく思い当たる節がある。年代だ。

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