変な人 (49)西武鉄道の、フレディ・マーキュリー男。
その男は列車の座席に静かに座っていた。
年齢は40歳くらい。
髪は襟首くらいの長さ。ちょっとウェーブがかかっているが、残念なことに頭頂部に少し地肌が見えている。
これは男を見下ろしているがゆえの発見であるが、もしかしたら本人は気づいていないかもしれない。
その男は、他のお客さんと同様、静かに座っていた。スマホも観ず、ただぼんやりと前を向いていた。
ただ一つ、他の人々と大きく違っていたのは、その服装だった。
うっすい光沢のある黒い布地の7分袖をぴっちりと身に着け、その胸元、襟は大きくU字、へそのすぐ上あたりまで開いていた。
ぎりぎり乳首は解放されていなかったが、該当部分には見たくもない尖がりも見えていた。
その胸元の大胆な切込み、開き具合、ぴっちぴち具合。
そう、それはまさにあの伝説の男、フレディ・マーキュリーが好んだステージ衣装、そのものだった。
私は思わず二度見、三度見をしてしまったが、他の吊革につかまった乗客たちは平然としている。
最初の「驚き期」を過ぎ、特に危害を加える様子も、歌いだす様子もないその男の存在を許容したということなのだろう。
開いた胸部分には大変残念なことに胸毛はなく、ちょっとむっちりしている。
それにしても何を目的にこんな格好をしているのか。
やはりフレディのファンなのか。
私はビートルズのファンだが、あの格好はしていない。
そもそもこんな服、どこで売っているのか。やはりドンキか。
そしてこの男はこのフレディ・ファッションでどこに出かけるのか。
もしや仮装パーティー?
その恰好で、ご飯はどこで食べるのか。
定食屋でサンマ定食はつらいだろう。
洋服屋に入っても店員のお姉さんは決して近づいてこないだろうなー。
楽器屋に入ったら店中がシンとするだろうが、そこなら受け入れられるかもしれない。
もう想像が止まらない。
ただ座っているだけなのに。ごめんなさい。だってフレディなんだもの。
私はいろいろな「変な人」の目撃談をこうして書いている。
そして酒の場などで、こうした情報を話題にしたりもするのだが、
「えー! ほんとに? 作ってないですか?」
と言われることも少なくない。
作ってない。本当に。
だいたい、こんな話を嘘で次々に作れたら、その方が凄い。
だから、今日もあのフレディは、どこかの列車に静かに座っているはずなのである。
(つづく)