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変な人 (5)東京駅のパクパクキノコ男

 とても静かで、奇妙な昼食だった。

 東京駅、丸の内に打ち合わせに出かけた帰りのことだった。
 時はお昼時、正午ちょっと前。
 いつもの新宿界隈ではなく、丸の内のサラリーマン気分の昼食をとるべく、東京駅の八重洲地下街にある蕎麦屋に入ったときのことだった。
 店は、中央に10人ほどが座れる横長の広い席があり、その周りに二人掛、四人掛の席が壁際に配置されている。
 案内されたのは中央の広い席。
 様子を見ると、お昼少し前のいている今は、互い違い、つまり自分の正面に人が来ないよう、お客のそれぞれがズレながら座る。私も、その一角の正面に人がいない席についた。
 私が注文したのは「本日のセット」770円。ミニカツ丼とざる蕎麦がセットになっている。
 注文3分。本日のセットが到着。箸を割り「さぁいただくかなー」とカツ丼の一切れを口に入れたとき、その物静かで変な人物が目の前に現れた。

 身長170センチくらい。痩せ型。髪はきちんとサラリーマン風に刈り込まれ、荷物はナシ。つまり、ここ丸の内近辺で仕事をしているものと察せられる。
 男は、私の目の前、人と人の間のいた席に静かにはまり込むように座った。
 うつむき加減に、わずかに聞き取れる小さな声で、
「きのこ蕎麦」
 店員が問い返す。
「セットですか?」
「いや単品で」
 あくまでも小さな声で注文する。
 早くも「変な人」の予感がする。彼の注文した「きのこ蕎麦」をメニューで確認してみる。
 きのこ蕎麦 900円
 うーん、けっこう高いではないか。
 まあ、勝手だけれど。カツ丼とざる蕎麦セット770円をあえて無視し、きのこ蕎麦を注文。この人は食欲がないのか、それともよほどキノコが好きなのか。
 私は、わざと食事のスピードを緩め、男の「きのこ蕎麦」の到着を待つ。
 すでに男は、私の人物観察心をいたく刺激する存在となっていた。
 ほどなく、きのこ蕎麦が男の前に運ばれてきた。

きのこ蕎麦、近影

 箸を割り、顔を上げないまま、覗き込むようにして箸を動かしはじめる男。
 私は、男の食べる姿に釘付けになってしまった。
 
 キノコしか食べないのだ。

 男は箸を動かすたび、蕎麦の上に乗せられたキノコだけを一つ、二つとつまみ、それをいとおしそうに口に運ぶ。蕎麦には一切箸を触れない。そんなにキノコが好きなのか。
 繰り返すこと30数回。時間にして5分ほど。
 蕎麦の上のキノコが尽きたと思える頃、ようやく男は箸を丼の底深くまで差し入れ、蕎麦をすくう。
 その食べ方の、失礼ながら「みみっちい」ことといったら。
 キノコ男は、一度に蕎麦をほんの三本ほどしか掴まない。
 あーもう、蕎麦が延びる! いろんなことが気になりだした私は次の行為を見てさらに驚かされる。

 パク!

 うわ、喰った。男はまるで外国人のように、蕎麦をすするのではなく「パクっ」と食べたのだ。いっさいすすりもせず、音も立てず、実に器用に口と箸を使い、パクッパクッを繰り返しながら、まるでグリーンイグアナがモロヘイヤを食べるように蕎麦を口に収めていく。
 なんと恐ろしいことに、キノコ男は「パクパクキノコ男」だったのである。
 私は、男のパクパク喰いの姿を振り切るように、目の前のざる蕎麦を盛大にすすり上げ、店を後にしたのだった。

(つづく)


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