やりたいことを選んで、やりたいことをしている時の感情を、十分に味わう
「やりたいことが、わからない」。
その反対側には、やりたいことが見つかって、
嬉々として毎日を過ごしている自分の姿がある。
「やりたいことを、探さなくちゃ!」
「やりたいことが、わからないのは、自分の素直な感情を、感じることができないからだ!」
「自分の素直な感情を感じることを、邪魔している、自分の中の余計な思い込みを、外そう!」
そうやって、一生懸命努力して、自分のやりたいことを、探し回っても、
「誰かが、教えてくれるかもしれない」と期待しても、
なかなか見つからないのは、
そもそも、探し方が違うからではないか、と思った。
どこかに答えがあって、それを探している感覚、それ自体が、
少しずれているのではないか、と思う。
唯一無二の正解は、よほど特別な人以外は、ないのではないか、と思う。
そもそも、可能性は、1つではなく、いろいろあって、
その中から、どれを選ぶかを、自分で決めて、
自分がやりたいこととして、大切に扱ったら、
選んだことが、自分のやりたいこととして、育っていくのではないか、
と思う。
そう思ったら、
唯一無二のやりたいことが見つかるまでは、何も進めないのではなくて、
ある時、「これを選ぶ!」と自分で決めたら、
そのまま進んで行けばいい。
「ちがうかも?」と思ったら、また、選び直せばいい。
その時々で「やりたい」と思って、選んだのだから、
やりたいことを、し続けていることに、変わりはない。
「ああ、私は、やりたいことを、自ら選んで、できているんだなあ」
という喜びに浸りながら、
「これをすることで、こんな感情を味わえるんだなあ」と、
味見をすることに、フォーカスしていたら、
何を選んだとしても、途中で選択が変わったとしても、
楽しいんじゃないかなあ、と思う。