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くだんの話

「顔が人で身体がウシの動物の夢をみた」

と、朝、息子が言った。

うちではよく夢の話をする。うちの息子(25歳)はたいへん良く眠る。幼稚園児かと思うくらいよく眠る。さっきまでデスクに向かって仕事をしていたかと思うと床に突っ伏して寝ていることもある。そしてよく変な夢を見る。

人の顔をした牛は、内田百閒の短編にでてくる。「件(くだん)」という名で、生まれて三日目に予言をして死ぬという運命の動物である。いつのまにか自分が月の照る丘の上で件になっていて、予言を聞くために人が集まってくるという、薄気味悪くもどこかとぼけた話だ。

「こんなものに生まれて、いつまで生きていても仕方がないから、三日で死ぬのは構わないけれども、 予言をするのは困ると思った」

と、件になった語り手は独白する。いかにも百閒先生らしい態度だ。

件というのは百閒先生のオリジナルかと思っていたらそうではなくて、「19世紀ころから日本各地で知られる怪物」だとWikipediaにある。

立山で 山菜採りを生業としている者が、山中でくだべと名乗る獣身人面の怪物に出会った。くだべは「これから数年間疫病が流行し多くの犠牲者が出る。しかし自分の姿を描き写した絵図を見れば、その者は難を逃れる」と予言した、のだという。(「くだべ」はくだんの別名のようだ)

なんと、アマビエと同じ機能をもった妖怪だったのか。第二次大戦中にも、件が空襲や終戦に関するを予言をしたという噂が飛び交ったという。

うちの息子が夢で見た人面牛は、邪悪な存在だった。

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夢のなかのその人面牛は何人かの人間に牽かれていたが、じつはその人たちに恐怖や嫉妬などの「ネガティブなエネルギー」を送り込み、さらにより多くの人を集めて悪いものを広めようとしていたのだという。

日本の大正時代の小説に人面牛が出てくるよ、と話すと、息子は驚いていた(米国育ちで日本語はあまり読めない)。

件はいつもどこかに潜んでいて、聞く人に語りかけているのかもしれない。

わたしが住んでいるこの国ではいま、件どころではないとんでもない妖怪が、とほうもない数の人心を操っている。あれも、件なのかもしれない。

件のまわりには「信じていれば難を逃れる」という予言を聞きたい人が集まってくるのだ。


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